フランス初「ユマニチュード」は「絆」で人間らしさを取り戻す介護ケア方法
現在の日本の介護ケアでは、ただ事務的にケアを行うことも多いと思います。しかし、一方的に世話をされるだけの介護では「人間らしい」とは言えません。対して「ユマニチュード」は、最期のときまで人間らしく過ごすための介護方法です。この記事では、現在介護業界で注目されているユマニチュードについて、ご紹介します。
人と人の関係や絆をもとにした「ユマニチュード」
ユマニチュードとは、フランス生まれの介護ケアの方法で、日本語に訳すと「人間らしさ」を意味します。これまでのような介護する側、される側ではなく、人と人の関係や絆に重点を置いたケア方法です。主に認知症の介護方法として注目されており、フランスはもちろん世界にも広まりつつあります。
ユマニチュードはどうやって生まれたのか?
ユマニチュードは、ジネスト・マレスコッティ研究所所長のイヴ・ジネスト氏とロゼット・マレスコッティ氏が、現場経験を経て生み出したケア方法です。
もともと体育教師だったジネスト氏は「生きているものは動くものだ」と思っていました。しかし、病院職員の腰痛予防指導で病棟を巡った際に、そこにいる患者が動かないことを見て、より患者を不健康にしてしまうとショックを受けたそうです。
このままでは、患者の健康が損なわれてしまうと思ったジネスト氏は「人間らしいとは何か」「最期の日まで人間らしく生きるためにはどうしたら良いのか」を考え、およそ40年かけて実践的なケア方法であるユマニチュードを作り出しました。
介護レベルに合わせたケア
ユマニチュードでは、回復、機能維持、最期まで寄り添う、という3つのレベルがあります。レベルによって方法は違いますが、共通していることは「介護される方の健康を損なわないこと」「介護される方の意思を無視した強制的なケアを行わないこと」です。
例えば回復レベルの方であれば、なるべく立って体を拭いてあげることで筋力の低下を防げます。車いすを使った方が楽な場合でも、歩ける方には可能な限り歩いてもらうなど、運動能力を維持できるようなケアも行います。
ユマニチュードの5つのステップ
ユマニチュードは
1.出会いの準備
2.ケアの準備
3.知覚の連結
4.感情の固定
5.再会の約束
という5つのステップで成り立っています。
まずは、部屋をノックして入っても良いかを訪ねます。これが1の出会いの準備です。次に2のケアの準備ですが、これはケアをしても良いか、相手に同意を求めます。もし3分以内に同意を得られなければ、ケアを一度止めましょう。同意を得たら、3の知覚の連結、つまり実際のケアに入ります。
ケアが終わったら4の感情の固定です。これはケアが良いものであったと思ってもらえるよう、ポジティブな言葉をかけます。そして最後に「また会いましょう」と5の再会の約束をします。
従来の介護では、1と2を行わず、急に3のケアを始めることがほとんどでした。相手の同意を得ず、強制的にケアを始めます。しかしユマニチュードは、まず良い関係性を築くことから始めるため、それが構築されないうちは実際のケアを行いません。また実際のケアを行う際にも、後述する4つの柱をうまく使いながら、相手の感情に残るようなケアをしていきます。
「大切な人だから」と伝える4つの柱
ユマニチュードの基本は「見る」「話す」「触れる」「立つ」の4つです。これらの方法を「技術」として身に付けることで、相手に「あなたは大切な人だ」と感じてもらい、相手とより良い関係を築いていくことから始めます。こうすることによって、介護される方が介護を受け入れやすくなり、介護する側の負担も減らせます。
では、基本の方法を詳しく解説します。
・見る
介護の際に相手を見ることは、とても重要です。なぜなら見られないということは「あなたを認識していない」と言われることと同じだからです。
見る際に大切なことは、相手との目線が水平になるように目を合わせ、長く見つめ合うこと。位置は正面から、なるべく近くが理想とされています。目線を水平にすることで「あなたと私は平等です」、見つめ合うことで「あなたを大切に思っている」と伝えます。また正面からしっかりと向き合うことで、正直さを示します。
・話す
認知症の方の中には、話しても反応のない方も多くいますが、絶えず語りけることも、ユマニチュードにおいて大切なことです。反応がない場合には「右腕をあげますね」「タオルで背中を拭きますね。暖かいですよ」など、自分が行っているケアを実況して反応を見るようにします。
話す際には、ゆっくりと穏やかに、言葉はポジティブなものを使いましょう。
・触れる
触れる場合に大切なことは、なるべく手のひら全体を使ってゆっくり触れることです。急に狭い面積で触れられると、相手が驚いてしまいます。体を動かすために触る際にも、力を入れずに優しく行うことがポイントです。親指を手のひらに付けておくと、無意識に鷲づかみにすることもありません。
また最初は、肩などの鈍感な部分に触れるようにし、手や顔などの敏感なところには触れないようにしましょう。
・立つ
立つことは「自分がここに存在している」と認識する上で重要なことです。もし40秒以上立っていることが可能な場合は、立ってケアをするようにしましょう。近くに椅子を用意しておけば、立っている間に体を拭き一度座ってもらう、再び立って着替えをするなど、座っている時間と立っている時間を組み合わせてうまく身の回りの世話ができます。
また立つことで筋肉や骨の退化を防げる上、血液の巡りも良くなります。高齢の方は、ほんの短期間体を使わないだけで寝たきりとなってしまうことがあるため、継続的に歩く時間をつくることが大切です。
ユマニチュードでは、この4つの柱を先述した5つのステップで実践しながら、相手との関係を築いていきます。
日本でも徐々に広まるユマニチュード
日本でユマニチュードが初めて実践されたのは、2012年です。独立行政法人国立病院機構 東京医療センターに所属する本田美和子氏は、当時「どうすれば医療従事者の想いが、治療を拒否する患者さまに伝わるのか」と悩んでいました。そして2011年、フランスにわたってジネスト氏から直接ユマニチュードを学び、その翌年には、ジネスト氏とマレスコッティ氏を招いて、日本初のユマニチュードの講演会を開催。2014年1月には「ジネスト・マレスコッティ研究所」の日本支部が発足し、本田氏が代表に就任しました。
2015年にはユマニチュードの研修が本格的にスタートし、旭川医科大学や奈良県立医科大学、岡山大学などで、ユマニチュードの教育が行われました。研修にはこれまで、延べ6,000人余りの方が参加しています。
2019年7月には、日本ユマニチュード学会が発足。理事には作家でエッセイストの阿川佐和子氏も名前を連ねています。
まだ日本での歴史は浅いですが、これまでとは違った介護のアプローチ方法として注目されています。
ユマニチュードの科学的根拠と実践した病院の事例
ユマニチュードが認知症の方の介護に効果的であることは、科学的な点からも根拠が示されています。本来、人が得た情報は扁桃核に届き、その後大脳皮質を通して理解されます。大脳皮質は理性をつかさどる部分のため、情報によって感じた感情はここで抑制されます。
しかし認知症は大脳皮質の異常が引き起こしているため、感情をうまく抑えられません。感情をダイレクトに感じ、表現してしまいます。
しかしこれは、良い感情も感じやすいということです。そのためユマニチュードでは、ポジティブな言動で「大切にしている」と伝えることで、相手に良い感情を残し、介護を受け入れてもらえるようにしています。
実際、山形県の三川病院が、3名の認知症患者にユマニチュードを行ったレポートがあります(参照:https://www.aiyoukai-mikawahp.com/wp-content/uploads/2019/08/mikawahp.pdf)。
これによると、ユマニチュード実施前のA氏は、スタッフが自分たちのペースで介護を行おうとすると怒り出すことがあったようですが、ユマニチュードを実践して散歩に連れ出したところ、笑顔を見せるようになったとのこと。嫌がっていたトイレも、その間に誘導したところ受け入れてもらえたそうです。
またB氏は車いすからなかなか立ち上がらなかったようですが、ユマニチュード実践中は意思疎通がしやすくなり、立ち上がったり、自分で着替えをしたりするようになりました。
さらにC氏は、これまでスタッフの手をたたいて介護を拒否することがあったそうです。しかしユマニチュードを実践すると、スタッフに笑顔で対応し、自分から介護を受けるようになりました。
ユマニチュードで日本の介護問題を解決
ユマニチュードは、日本ではまだ歴史の浅いケア方法です。しかし、少子高齢化が進む日本では介護は非常に大きな問題となっています。
アクサ生命が2019年に行った「介護に関する親と子の意識調査2019」(参考:http://www2.axa.co.jp/info/news/2019/pdf/190809.pdf)によると、60 代・70 代が介護状態になった後でもやりたいと思うことの1位は「家族(親族)との団らん」で、32.6%でした。一方、実際に親の介護を経験した人に親の介護で困ったことを聞いた結果「自分の精神的な負担」が62%と、介護される側は家族との団らんを楽しみたいと思っているのに、介護をする側は介護を精神的な負担に感じているという結果が出ました。
また厚生労働省が発表している2020年3月の介護サービスの有効求人倍率(参考:https://www.mhlw.go.jp/content/11602000/G35-202003.pdf)は、4.10倍で人手不足が深刻な問題となっています。多くの人が「介護は精神的・体力的にきつい仕事」と思っており、就きたくないと感じているためです。実際、HELPMAN JAPANの 「介護職非従事者の意識調査」(参考:https://www.recruitcareer.co.jp/news/20190712.pdf)によると、介護業界への就業をためらう理由として「体力的にきつい仕事の多い業界だと思うから」が49.8%、「精神的にきつい仕事の多い業界だと思うから」が41.8%と、「つらい仕事」というイメージを持たれていることが分かります。
ユマニチュードは「介護される方との関係性を良くし、介護を受け入れてもらいやすくするケア方法」です。そのため介護する側の精神的・肉体的な負担を減らすことはもちろん、介護される側も人間らしく扱われることで、自己の尊厳を取り戻していきます。取り入れることで介護する側の負担が軽くなれば、日本の介護の問題を解決できる可能性があります。
またユマニチュードの良い点は「誰でも、時間をかけずにできること」です。介護施設はもちろん、自身で親の介護をしている人も実践できます。
ユマニチュードは、介護の精神的・肉体的負担や介護される側の想いを無視した現在の介護業界を、大きく変えることになるかもしれません。
ユマニチュードはこれまでの介護ケアとは一線を画すケアの方法です。今後広く広まっていくことで、介護のイメージが変化していくことでしょう。
参考元:
誰もが学べ、実践できるユマニチュード。5つのステップで患者の心に近づく| HELPMAN JAPAN
認知症ケアの新常識・ユマニチュードとは?5つのステップと効果|みんなの介護
ユマニチュードの哲学とは|リクルートドクターズキャリア
認知症の方の心をつかむケア技法「ユマニチュード」とは|あずみ苑
学会について|日本ユマニチュード学会
ユマニチュードのこれから|医学書院
日本でのあゆみ|日本ユマニチュード学会
役員名簿|日本ユマニチュード学会
ユマニチュードとは|日本ユマニチュード学会
アクサ生命、『介護に関する親と子の意識調査2019』を発表|アクサ生命
https://www.mhlw.go.jp/content/11602000/G35-202003.pdf
HELPMAN JAPAN 「介護職非従事者の意識調査」|株式会社リクルートキャリア
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