自身の介護経験により、事業をスタート! 要介護者について「理解を深める」ことの重要性を発信【もっと知りたい「ヘルスケア」のお仕事 Vol.120 ケアポット株式会社 髙橋佳子さん】#1
ヘルスケア業界のさまざまな職業にフォーカスして、その道で働くプロにお仕事の魅力や経験談を語っていただく連載『もっと知りたい「ヘルスケア」のお仕事』。
今回は、家族の介護を行う人に向けてサービスを提案する、ケアポット株式会社の代表の髙橋佳子さんにインタビュー。髙橋さんが会社を設立した背景には、ご自身の家族の介護経験があったのだとか。前編では、介護業界未経験で会社設立に至った経緯を伺います。
お話を伺ったのは…
ケアポット株式会社 髙橋佳子さん
人とのつながりをテーマに会社3社の設立を経験。2013年に経営から退き、母親の介護に専念。自身の介護経験より、家族向けの介護に関して物足りなさを実感し、2015年にケアポット株式会社を設立。「介護する人、介護される人、その家族まで、介護に関わる全ての人が手をつなぎ合える社会づくり」を目指し、活動している。
きっかけは母親の介護。同じ境遇の人をサポートしたい気持ちから会社を設立
――髙橋さんは、介護業界で働いた経験がないまま会社を設立していますが、介護業界に目を向けたきっかけを教えてください。
母の二度発症した脳梗塞がきっかけでした。一度目は、自宅でサポートする程度で問題なかったのですが、二度目はかなりのダメージを受けてしまい、要介護5レベルになってしまったんです。一度目は父のサポートだけで生活できていましたが、二度目はそうもいかず…リハビリ病院への入院が決まり、毎日お見舞いに行く父のサポートをすることにしました。
そのとき、母は69歳、父は70歳を超えていました。親の介護というのは80歳を超えてからのイメージがあったため、私の介護への知識はゼロの状態。相談できるところすら知らなかったんですね。
一度目のときと比べて7年の月日が経っていたので父も高齢になり、もともと仕事ができるしっかり者だった父でしたが、母のサポートをしながら諸々の手続きなどを1人で行うのは不安そうでした。私も介護の知識が全くなく、何から手をつけて良いのかわからない…何だか、異国に来てしまったかのような感覚を味わったのを覚えています。
実際に介護が始まってみると、普段パワフルな私でも計り知れないストレスになっていたようで、気が滅入ることもありました。施設にお願いしているので毎日体力的にきついとかではありませんが、母のお見舞いと慣れない父との二人暮らしは、気が休まらない日々でした。
――そのような状況から脱した経緯は?
私のように介護のことが分からなくて、一人で抱え込んだり、悩んでいたりする人がいるはずだ!と思い、友人に相談して同じ思いの仲間とともに会社を設立しました。
――会社のコンセプトをお聞かせください。
家族の介護をする人を対象に、大変な介護生活中に頼ってもらえる存在を目指しています。会社名には、ポットから注がれたお茶が優しい温かさを感じるように、介護する家族にそっと寄り添ったサービスをお届けします。
私の経験上、介護は情報戦だと感じました。いくら地域包括支援センターなどの相談窓口が用意されていたとしても、その存在すら知らなかったら意味がありませんし、知識がないと何を質問したら良いのか分からないんですよ。
「ケアポット株式会社」の目的は、介護についての知識や情報を発信・アドバイスをすることに着目し、家族にベストな介護ができるようにサポートすることです。
――まずはどんな準備から?
介護を経験する中で、必要だと感じたモノ・コトをリストアップ。そのリストを設立メンバーに共有して、最初に実現したのが「親ブック」の制作です。
自身の経験を反映した「親ブック」を開発! 親の介護はまず「知る」ことから
――「親ブック」とは?
親の日常の習慣や生活、趣味、こだわりについて書き込むノートです。「くらし」「自分史」「旅行」「食」「カルチャー」「ワードロープ」と6つのカテゴリに分かれていて、それぞれに関連する写真などを交えながら、親と一緒にアルバム作りなどができる仕様になっています。「親のことを知る・詳しくなる」をテーマに、家族のほか介護施設のスタッフ、病院の看護師など外部に共有する目的があります。
――ご自身の経験が反映されているのでしょうか?
そうですね。私自身、親の介護をしたときに一番役に立ったことは「親のことを知っていた」ことだったんです。その経験から着想を得ました。
――その背景について詳しくお聞かせください。
母が一度目の脳梗塞を患ったときの話です。そのとき、母は高次脳機能障害の可能性があると、医師をしている友人からアドバイスを受けました。
意識が朦朧としている間は、経鼻経管で栄養を補給していたため、動かさないようにとミトンがはめられていたんです。看護師からは、「管を外せば同時にミトンも取れますよ」と説明を受けて安心していたのですが…管が外れて数日経ってもミトンをしたままで。看護師に理由を聞いてみると、「認知症」の症状で徘徊してしまうからミトンをつけています、と説明を受けました。母は、高次脳機能障害ではあるけれど認知症とは聞いていなかったので不信に思い、どういうときに徘徊するのか聞いてみると、「夜中」だと。それを聞いた私は、母の普段の生活習慣を把握していたことで「トイレ」だと分かったんです。それから看護師にその旨を説明したところ、改善されました。
私が事前に母の詳しい病状と生活習慣を知っていたから解決できましたが、もし知らなかったら認知症の薬を処方されていたかもしれないと考えるだけで、ゾッとしてしまって。私が母の生活習慣を知らず、病院から認知症だと言われたら指示に従ってしまったと思うし、それによってケアの方法も変わり、取り返しのつかない方向になっていたんじゃないかと。このときの経験から、家族が親のことを知っておく必要があると強く感じたんです。
――親のことを知ることは、外部の人と連携をとるためにも必要なことなのですね。
そのほかにも、リハビリ施設でも同じことが言えます。私の母の経験談ですが、リハビリの一環で脳トレを促したところ気が乗らなかったみたいで。それもそのはず、母はもともと頭を使うより体を動かすのが好きな人でした。そこで、スタッフの方に体を動かすようなリハビリをお願いしたら翌日から元気になったんです。
健康な人でも、調子が悪いときに苦手なことを強要されたら嫌ですよね。リハビリの現場でも本人の趣味嗜好を考慮すると、適切なケアにつながると思います。
親の趣味などを知っている、本人が元気なうちに知ることができるのは、家族です。親のことを知ろうとせずに、何でもかんでも病院や介護施設に頼るのは間違っていると思っていて。家族側から親の情報を共有することで円滑な連携がとれますし、親にとっても病院や介護施設にとってもサポートのしやすさが格段に変わります。そのことを知る人を増やすためにも、会社の事業に取り組んでいます。
お母様の介護経験により、未踏の福祉業界に踏み込んだ髙橋さん。同じ境遇・体験をした方を減らすため、日々サービスの構築に努めています。後編では、「親ブック」のほか、介護で困っている人を救うために力を取り入れて取り組んでいる事業について詳しく伺います。
取材・文/東 菜々(レ・キャトル)