暇で暇で悔しかった若手時代。月8回の休みを全投入して1000円カットで自主練バイト【株式会社H.project/tricot group代表/萩原克也さん】#1
2019年に独立し、自身のサロン「tricot shop & hair salon」を表参道にオープン。その後、船橋、市川、柏、北綾瀬…など、現在7店舗にまで成長しているtricotグループ。その代表を務めるのが、萩原克也さんです。
萩原さんは、オブヘア、アヴェダ直営店で美容師として長年技術を磨いてきた実力派。前社の経験をいかし、独立後はアヴェダのファミリーサロン、コンセプトサロンを東京から千葉エリアに展開しています。
今回の【前編】では、美容師を目指したきっかけから修行時代の経験など、独立以前のお話をお届けします。
お話を伺ったのは…
株式会社H.project/tricot group代表
萩原克也さん
東京文化美容専門学校を卒業後、オブヘアに入社。2009年にはアヴェダ直営店であるAVEDAライフスタイル サロン&スパ 南青山(現在は閉業)に転職し、ディレクター、サロンマネージャーまで経験。2019年の独立で、自身のサロン「tricot shop & hair salon」を表参道スパイラルビル内にオープンさせる。アヴェダのファミリーサロンを軸に、現在は東京と千葉エリアに計7店を展開。10周年に向かって、さらなる店舗拡大を目指している。
HAGIWARA’S PROFILE
お名前 |
萩原克也 |
|---|---|
出身地 |
茨城県 |
出身学校 |
東京文化美容専門学校 |
休日やプライベートの過ごし方 |
仕事、お酒、旅行、家族と過ごすこと |
仕事道具へのこだわり |
よく切れるハサミがよいです |
サロンでも家に帰っても練習していた若手時代。やる気は人一倍あった

――美容師になりたいと思ったのはいつ頃でしたか?
中学生の頃から何となく思い描いていましたね。叔父が原宿で美容室をやっていたこともあり、自分にとっては身近に感じていました。
僕が若い頃は、ちょうど「シザーズリーグ」が流行っていて、まさにカリスマ美容師ブームの真っ只中。
高校は進学校だったのに、大学へ行くっていう考えがなくて、卒業後は専門学校へ。美容師か料理人かで迷って、結局美容の方へ進みました。
――専門学校時代はどんな感じでしたか?
正直、あまり真面目な学生ではなかったですね。若い頃は、一番取れるっしょ! みたいな根拠のない自信があったりして(笑)。まあ学校は、東京の端っこの小岩だったんですけどね。
まわりの友達にはとても恵まれました。美容意識が高くて、みんなすごいな〜と刺激を受けながら2年間を謳歌した、そんな学生生活でした。
――最初の就職先は「オブヘア」とお聞きしました。ナチュラル系を選んだ理由は?
その時はナチュラル系のサロンを意識したというより、有名店に入って活躍したい気持ちが大きかったです。
入ってからいろいろ気づいていくのですが、シャンプーは軟水を使っていたり、ヘアケア商品はすべて植物性で自然由来にこだわっていたり。そういうサロンって、当時はまだまだ珍しい感じだったと思います。
――アシスタント時代はどのように過ごしていましたか?
とにかく朝も夜も練習してたな〜。家にウィッグを持って帰って、美容師の友達を呼んだりしてカットの練習に励んでいましたよ。
熱い仲間が多くて、やっぱりお店によってやり方や考え方は少しずつ違うんですが、いろいろ言い合いながらも切磋琢磨していましたね。
デビューしたのに切れなくて悔しくて。1000円カットで自主練バイト!?

――スタイリストデビューしてからは?
アシスタントをしていた自由が丘店から、デビューのタイミングで表参道店へ。
のちに自由が丘の新店オープンでそこに異動になったのですが、エリアが変わると新規をとるのが難しくてなってしまい。その頃はカリスマ美容師ブームも終盤で、先輩たちはまだけっこう忙しかったけど、若手は暇。
まだSNSも全然なかったし、集客できなくて苦戦しましたね。デビューしたのにお客さんをなかなかカットできない、そんなストレスばかりが溜まっていきました。
――そんな状況をどうやって乗り切ったのでしょう?
カットしたくてもできないストレスと不安が募りすぎて、サロンが休みの日に1000円カットでバイトを始めました。
月8回あった休みを全投入です。
――休みの日を全部ですか!?
ほとんど休んでなかったという記憶です。でも暇なのが辛かったし、もっともっとたくさん切って、実践経験を積みたかった。
1000円カットのお店では、朝10時から夜9時まで。一日ずっといる日は、もう50人とかカットしてましたよ。どんなにたくさん切っても時給なんですけどね。とにかく切りたい思いが強くてがんばっていました。
――通常のサロンとはまた違った面も学べそうです。
スピード感覚だったり、人数をたくさん切るためにいかに効率よく作業するか、そういう部分はとても勉強になりました。
――そんな自主練経験も経て、次のサロンへ転職。その時の心境は?
もっと他の世界も見てみたい、さらに上を目指したいという気持ちでした。オブヘアは7年で退社。
アヴェダへ入る前に、銀座の美容室で少し働いた経験も。今そのお店はないのですが、当時オズモールでの集客で成功して、とにかく新規がバンバン入った。新規だけでも月100万いけるくらいの勢いです。
ガッツリ働けてそれはよかったのですが、銀座の客層と僕のやりたい方向性があまり合わなくて違和感が出てきてしまい。結局そのサロンも退社することに。
アヴェダ直営サロンへの転職が美容師人生のターニングポイントに

――そこからさらにアヴェダのサロンへ入られたのですね。
表参道にアヴェダの直営店があって(現在は閉店)、そこに転職して再スタートを切りました。転職経験はあったものの、よしここからも死ぬ気でやるぞ! って感じで、気合いが入ってましたね。
集客は順調で、大きな雑誌の仕事をいただく機会もあったりして、ありがたいことに毎日忙しい日々。
――2003年に直営店が表参道にできた時は、業界でもかなり話題になりました。自然由来のアヴェダ製品も一気に有名に。
その頃は、まだオーガニックやナチュラル系の流れは広まっていなかったから、注目されましたよね。
僕はオブヘアでのベースがあったから、すっと受け入れられて理解しやすかったのも大きいです。
――役職も経験されたそうですが。
店長・マネージャーまで経験しました。
アヴェダは本社がエスティ ローダーで、本社の事業部とのやりとりも多かったです。美容室でありながら一般職としての側面も強く、その辺は学ぶことが多かったように思います。前年比何%とか、数字の落とし込みなどもしっかりする会社で。
サロンワークや商品管理、後輩の育成と、めちゃくちゃ忙しかったけど充実した9年間でしたね。今まで迷いや苦労もたくさんあった中で、諦めずに続けてきて本当によかったなと思えました。
取材・文:青木麻理(tokiwa)
撮影:高嶋佳代
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