女性理容師にハンデはない。しなやかさと熱い想いを武器に【Men’s Hair&Shaving Ace Nakano 代表 乾瞳さん】 #1
お客様は全て男性、スタッフもほとんどが男性。そんな理容業界で、女性でありながら大型メンズヘアサロンで過去最高指名売り上げを叩き出したのが「Men’s Hair&Shaving Ace Nakano」代表・乾瞳さん。女性であることで得したことも多かったようですが、それに甘えず、貪欲に自身をアピールしてきたそうです。「女性であることは集客の妨げにはならなかった」と乾さんがキッパリと放つ一言は、きっと女性理容師を目指す人へのエールとなるはず。
前編では、新人時代にシェービングに苦戦した話、乾さんの自分の売り込み方、独立を決意したきっかけについてお話しいただきます。
INUI’S PROFILE
- お名前
- 乾 瞳
- 出身地
- 東京都昭島市
- 年齢
- 30歳
- 出身学校
都立小平高校、アポロ美容理容専門学校
- 経歴
- 2012年4月 株式会社ペピーズ入社
2016年2月 株式会社ペピーズ退社
2016年3月 JUNES入社
2018年7月 JUNES退社
2018年8月 株式会社ペピーズ入社
2021年7月 株式会社Acts設立
2021年8月 株式会社ペピーズ退社、Men’s Hair&Shaving Ace Nakanoオープン - 憧れの人
- JUNES 斎藤晴夏さん、ハマモト salon Osaka 浜本孝耶さん、建築家 安藤忠雄さん
- プライベートの過ごし方
- 国内・海外問わず旅行が好きです。美味しいご飯と美しい景色を求めて、日帰りでもサクッと行きます
- 趣味・ハマっていること
- お魚のお料理を食べること。
- 仕事道具へのこだわりがあれば
- 道具に限らず、「空間」に異常なこだわりがあるかもしれません。「自分が100%気に入った物」でなければ、使わない・置かない・提供しないということを徹底しています。なんとなく選んだものより、選びぬかれた一品を使って仕事することにより、最高のパフォーマンスを発揮できると思っています。故に物は少なく、厳選された物たちが残っています。
シェービングの下手さは理容師にとって致命的だった
──なぜ理容師を選んだのですか?
本当は美容師志望だったんですよ。専門学校に願書を提出しに行った際に、受理してくれた先生がたまたま理容師で、「理容師にならないか?」とダイレクトに勧誘されまして。そこで急遽、願書を理容師に書き直して提出したのがきっかけです。そんな理由で良いのかって感じですけど(笑)。
──そんなことってあるんですね(笑)。理容師と美容師の違いもよくわからないまま…という感じだったのでしょうか?
そうなんです。当時、自分が通っていたサロンが美容と理容が融合したユニセックスなお店だったので、入り口が違うだけでほとんど一緒じゃない?くらいの曖昧な認識でした。だから、意志を持って理容師になったわけではないんです。
──理容室で働きはしめて、まずどんなことに苦労しましたか?
お客様は100%男性だったので、まず「異性」という壁が立ちはだかりました。男性の髭を剃る機会がなかったので、チクチクした肌を触ることに最初はすごく抵抗があったんです。
髭剃りに馴染みのない女性からすると、シェービングって少し怖さもありますよね。
肌に直接刃物を当てるのはやっぱり怖かったですね。美容師さんは仕事中に血を見ることってあまりないと思いますが、理容師はそういうシーンに出くわすし、トラウマになることもあります。もちろん、私も流血事件はありました(笑)。
今でこそ店名に「シェービング」を入れるくらい大好きなんですけど、シェービングには相当苦労しましたね。正直、カットよりも。私、技術の習得にかなり時間がかかったタイプで、最初の2年間は社長に「シェービング下手クソだな」とずっと言われていました(笑)。
──シェービングにもやはり腕の良し悪しが出るものなのでしょうか?
出ますね。刃のあて方次第でモチも全然変わってきますし、産毛一本一本をどれだけ攻められるかという世界なんです。シェービングはカットよりも技術のレベルがわかりやすく出るので、それを「下手だ」と言われてしまったら理容師として致命傷だなと思い、必死に練習しました。
──なりゆきで理容師になられたようですが、美容師に憧れたりはしませんでしたか?
専門学校時代は「美容師さんってカッコいいな〜。理容師と何かが違うなぁ」と眺めていました。美容科と理容科とではどこか華やかさが違うんですよ。
実習で美容室と理容室が一体になったユニセックスサロンに行ったとき、やっぱり美容師さんはすごくキラキラしていて憧れました。対して理容師さんはどうしても地味に見えてしまって…。こんなことを言ったら全国の理容師さんに怒られちゃうかもしれないですが(笑)。
色々迷ったりもしたけれど、結局10年続けてこられて、今こうしてお店を持てているので、自分の進んできた道は間違っていなかったんだなと思っています。むしろ美容室にはない落ち着いた雰囲気やお堅い雰囲気が好きと言ってくださる方も結構いらっしゃいますしね。
「お喋り」ではなく、「語り」で勝負
──女性理容師として働く上でハンデはありましたか?
逆に得したことの方が多いかも。
女性って前髪を1〜2cm短く切られると大騒ぎしたり…とか結構あるじゃないですか。でも、男性だと「すぐ伸びるから良いよ〜」とわりと寛容なんですよね。あまり大きい声では言えないですが、「女性」ということでむしろ大目に見てもらえることも多かったので…(笑)、私はやりやすかったです。
それに、女性の手は柔らかくて手つきも繊細なので、タッチされたときの心地よさが違う、という部分でも有利でした。床屋さんには「癒し」「ケア」の部分を求めて来る方が多く、そういう方面では女性理容師の方がよく気がつくんです。だから、集客では「女性だから」という理由で苦労することはなかったです。
──指名売上げ歴代最高額を達成されるまでに、どのように努力したのでしょうか?
スタッフ間で競争が生まれないようにという理由から、Pepyys Hairはあまり指名を推奨しないお店でした。けれど、やっぱりお客様に求めてもらえることは素晴らしいことだと私は思っていたので、「私を選んでください」というアプローチをめちゃくちゃしました。周りからは「乾、めっちゃ押すじゃん」と思われていただろうし、ちょっと浮いていたと思います(笑)。
──具体的にどんな風に自分を売り込んでいたのですか?
「自分はこういう想いでカットしている」「こういうところにこだわりを持っている」などを語り、接客中はずっと自己PRしているみたいな。
──語るんですね。
戦略的に話していたと思います。お客様がどんなところに興味を持って来店してくれたのかを探り、お店に興味を持って来た人にはお店の価値アップをし、私自身に興味を抱いてくれた人には自分がどんな人間なのかをひたすら話していました。ヘラヘラするシーンとカチッとするシーンはしっかり使い分けてきましたね。そして、最後に絶対「指名してくださいね」と言う。
──新卒で入社したPepyys Hairを一度離れ、原宿のメンズサロンで働いたこともあるとか。
「私はこんな東京の郊外でおさまる器じゃないわ」と生意気にも思っていたんです(笑)。流行の最先端で挑戦したい!って。けれど、いざ原宿・表参道に行ってみたら全く通用せず、鳴かず飛ばずでしたね。それがわかってからはもう一回技術を見直しました。それもあって、Aceを中野にオープンしたんです。
個人プレーよりチーム力を大切にしたかった
──乾さんは店長のあとに統括マネージャーも務めていましたが、どんな仕事をしていたのですか?
一人のプレイヤーがどんなに死に物狂いで働いても稼げる額には限りがあるので、チームとして強くする必要があるなと思ったんです。そこで、チームを強くするポジションとして、社長と店長の間の「統括マネージャー」という役職を設け、自分が立候補したんです。
集客やマーケティングなどもやりましたが、一番苦労したのが人と人の問題でした。部下との距離感はとても難しかったですし、本気で向き合うほど体力を使うし。
Pepyys Hairでとても良いチーム感を学んだので、今度は自分で自分のチームをつくってみたかったんです。
──それで独立を?
自分に賛同してくれる仲間を集めて一緒にお店をやったらどうなるんだろう?とすごく興味が湧いたんです。
自分は飛び抜けてカットが上手いわけではないし、時代の先を行く人間でもない。そんな私でも同じように共鳴し合える仲間がいればすごく大きなものをつくれるんじゃないかなと思ったんです。
Pepyys Hairの社長はとてもパワーも求心力もある方なんですけど、私には彼のようなカリスマ性はないので、プレイヤーたちが働きやすい環境づくりで勝負しようと思いました。
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女性理容師だからこそ得することも多かったと話す乾さんですが、プレースタイルはしっかり男勝りだったよう。チームで働くことの可能性を信じ、一から自分のお店を立ち上げる決意をしますが、果たしてどんなサロンになったのか。後編では、乾さんが目指した「理容室らしくないサロン」についてお話をお聞きします。
取材・文/佐藤咲稀(レ・キャトル)
撮影/喜多二三雄