従業員を不安にさせない「余裕と余白」。パーソナルな教育で成長を促進!【いつくし/そそ 才田とおるさん】#2
美容業界で働く上で「独立」という目標を持つ人は多いはず。そんな方へ成功している先輩オーナーの経験談を全2回でお届けします。
前回に続き、中目黒「いつくし」と馬喰横山「そそ」のオーナー兼ディレクターを務める才田とおるさんにインタビュー。前編では才田さんが独立した経緯とサロン作りに込めた想い、プレイングオーナーとして開業するために大切なことをお聞きしました。
後編では、経営が軌道にのったきっかけ、スタッフ教育についての他、経営者として大切にしていることなど、独立開業を目指す人へのアドバイスをお聞きします。
お話を伺ったのは…
いつくし/そそ オーナー兼ディレクター 才田とおるさん
都内有名店1店舗を経て独立。2017年、中目黒に「いつくし」をオープン。2021年、東日本橋・馬喰町に2店舗目となる「そそ」をオープンする。業界誌、一般ファッション誌等の撮影、外部ヘアメイク、セミナー、コンテスト審査員等の活動も行なう。ショートやボブを得意とし、クリーンで上質なベーシックスタイルに、少しだけファッション性を含ませたヘアスタイルを提案している。
Instagram:@itsukushi_soso_saita
『疲れない』立地なら雑誌掲載もまだまだ力になる
――サロン経営が軌道にのったきっかけを教えてください。
雑誌に支えられているところはありますね。僕はずっと雑誌を大切にしていて、雑誌に育ててもらったという気持ちがすごくあるんですよね。今はSNSが主軸だと思うので、雑誌なんか出てもしょうがないと言われることもあるんですが、ファッション誌と業界誌だけはずっと全力で取り組んでいます。SNSの情報とライターやエディターが書いた情報って責任の重さが違う。情報に責任があるほうが、自分は好きだなと思うんです。
そんなつながりもあり、オープン当初いくつか雑誌に掲載してもらったんです。『CLUÉL』に4ページくらい掲載してもらったときには新規で60人くらい、『SPUR』にバーンと出たときには150人くらい来ました。
――そんなに反響があったんですね!
お店の立地も関係しているかもしれません。例えば表参道や銀座エリアで雑誌に掲載されているサロンっていくらでもある。だけど、人気エリアだからこそいろんなサロンがあって、そこでちょっと嫌な思いをしたことがあるお客様も多いんですよね。そういったお客様が雑誌を見たときに、「この雑誌に載るお店が中目黒にあるの?中目黒なら行ってみようかな」となるんじゃないかと思います。
――中目黒と馬喰横山でのオープンは確かに意外でした。
独立にあたり、お客様全員にどこにサロンを出したら嬉しいかヒアリングしました。すると、ほとんどのお客様が「表参道に来るのは髪を切ってもらうときだけ」って言っていて。わざわざ来てくれていたんだという安心感と共に、どこでもいいんじゃない?と思って(笑)。
それでお客様たちのプレイスポットを聞いてみると、上がってきたのが中目黒だったんです。中目黒なら経営面を考えても、健全にやっていけそうだなと感じました。表参道や銀座エリアに出して、地代家賃の帳尻を合わせるために客単価や接客スピード、従業員の給与を圧迫していく感じになると、余白がなくなっちゃいますから。
地代家賃をコンパクトにして余白を作り、スマートに経営できるための物件選びは重視しています。店舗展開は、物件ありき。地代と立地で折り合いをつけながら、余白と面白さのある物件を見つけていきたいなと思っています。
理不尽ではない教育で、自分の経験を惜しみなく伝えていく
もうひとつ、経営が軌道にのった理由として、独立についてきてくれた小松氏の成長も大きかったですね。ほぼ同期なんですが、開業当初はアシスタントに近いスタイリストという感じで、雑用から何から全部やってくれて。その彼が僕と肩を並べるくらいの数字になるまで頑張ってくれたんですよね。
開業するときに、前の職場でできなかったことも含めて、やれることを全部1回やってみようと話したんです。半年後に蓋を開けてみたらどうなっているか見てみようって。その結果、彼の数字の伸び方がすごかったんです。技術はしっかりしていたし、すごく真面目なので、必死に全部やった結果が出たんだなと。
結果を急ぐよりも全力でやる半年があって、一度フィードバックを全力でしたからこそ、蓋を開ける楽しみやダメだったときの理解というものがある。だから軌道に乗ったというか、自信がついたということかなと思います。
――才田さんは人を育てるという面も大切にされているんですね。教育面で重視していることはありますか?
一番は、理不尽さをなくすことです。美容師って料理人みたいな感じで、丁稚奉公みたいな世界じゃないですか。深夜まで中華鍋に砂を入れて振り続けるみたいな。実際、一朝一夕でできるような技術はまったくありませんし、技術力を高めるためには努力や根気は必要だと思います。自分もそうやってきたので。だけど教え方次第で、もうちょっと成長も早かっただろうなとは思うんです。
だから教える側がマニュアル化するのではなく、パーソナルにしていかないといけない。カリキュラムとマニュアルは大事ですが、それがベースになってしまうと伸びにくいスタッフも絶対に出てくるので、型にはめることを極力外したいと思っています。
あとは前サロンではなかった取り組みとして、スタイリストになってからもレッスンをするようになりました。
――才田さん直々に教えてらっしゃるんですか。
はい。僕自身、独立した34歳のときよりも40歳になった今の方が上手いと自分では思っているんです。いろんな工夫をしてきて、そこで気づいたことや技術をスタッフに教えていきたい。でもそれはカリキュラムを終えていないと理解できない部分でもあります。だからカリキュラム外のスタイリストレッスンとして取り入れているんです。
そこでまたみんな伸び率が上がるんですよね。自分が長い年数をかけて考えたことを伝えるわけなので、正直うらやましいなと思います(笑)。
経営者は、余裕がなくても余裕に見せる覚悟も必要
――才田さんが経営者として大切にしていることは何ですか?
余裕を持つことですかね。正直に言うとコロナ禍当初、休業しないといけないタイミングで融資を申し込んでいたんです。1カ月で融資が出ると言われたのに、2カ月半かかりました。ちょうど2人雇用を増やしたタイミングでもあったので、運転資金のギャップが生まれてしまったんですよね。ちょっとやばいかもという数字になって、自分も余裕がなくなって。
そのとき、従業員の前で「やばいかも」という顔をしたら、みんなどう思うんだろうと考えました。自分がそれを発することの責任は大きいなと、僕はあのときに勉強になったんです。そこを理解して、プレイヤーとしての発言と、経営者としての発言は分けなきゃいけないですよね。
――そんな大変な状況で2店舗目をオープンされたんですね。
そうですね。ちょうど2店舗目を出すつもりで雇用を増やしたり育成したりしていたタイミングで。そこは従業員たちにヒアリングと面談をして決めました。会社がリスクを取っていかないといけないことはあると思うので…。その覚悟はできているから、良い物件があったら全力で1年ついてきてくれないかなって。そこで「頑張ります」という声が聞けたので、絶対にオープンするぞという気持ちでした。
――今後もそういった予定はありますか?
面白い物件があればというのと、数字面で従業員に負担がいかないかを考えてみて、ですね。経営って、2店舗しかできない人が3店舗経営するのは無理だけど、3店舗持てる人は4店舗できるって言われるんです。だから3店舗目をうまくやれたら、その先はちゃんとリズムが作れるのかなと思ったりはしています。2つで首が回らないタイプではないという気はしているので。
そのためにも、ショップを一緒に可愛がってくれる右腕を作っていけたらいいですね。そしてゆくゆくは、ショップのインセンティブを作って、年齢を重ねてお客様が減るスタッフがいたとしても給料が下がらない仕組みを作りたいなと思っています。
独立を目指すあなたへ
開業は1人であまり考えない方がいいと思います。僕の場合は、他業種の人たちに会って、いろいろ相談しました。ずっと悩んでいたことも、他業種からしたらどうでもいいことだったりします。そういう固定概念を一回外してから開業するのもありなんじゃないでしょうか。美容業界で育ったが故の枠組みを少し緩めたら、前サロンの劣化版ではない、自分らしいサロン作りができるんじゃないかと思います。(いつくし/そそ 才田とおるさん)
取材・文:山本二季
撮影:高嶋佳代