「接客時間と満足度は比例しない」。前に出られなかった自分を変えた、先輩のアドバイス「shu uemura」小林愛里さん
世界にも店舗展開を続ける、日本発のメイクアップアーティストブランド「shu uemura」。入社6年目にして、「shu uemura」BAの最高峰アーティスト称号である「サーティファイド メイクアップ アーティスト」に認定されたのが、小林愛里さんです。卓越したメイク技術と専門性の高い接客でグローバルに活躍する小林さんは、今や全世界の「shu uemura」BAが憧れる存在です。
そんな小林さんですが、入社3年目のころに売上が大きくあげられないという壁にぶつかったそうです。1人1人のお客さまに丁寧に接したい気持ちが強かったため接客時間が長く、さらに人より前に出られない性格だったという小林さん。先輩からのアドバイスによって接客に対する考え方が変わり、売上もあげることができるようになったといいます。
今回、お話を伺ったのは…
小林愛里さん
「シュウ トウキョウ メイクアップ ボックス」所属、サーティファイド メイクアップ アーティスト
2013年にメイクや美容への熱いパッションを持ってシュウ ウエムラに入社。2019年にシュウ ウエムラ インターナショナル スクリーニングに合格し、BA最高峰のアーティスト称号である「サーティファイド メイクアップ アーティスト」に認定される。2020年には「shu uemura」世界初のグローバル フラッグシップ ビューティブティックの立ち上げメンバーに抜擢され、メイクアップとサービスの双方において高い専門性を発揮。多くの「shu uemura」ファン獲得と売上達成に貢献する。常に結果にコミットし、トップを走り続ける彼女の活躍は、国内だけではなくグローバルにも広く影響を与え、今では全世界の「shu uemura」BAの憧れの存在であり、全アーティストのロールモデルとなっている。
黒のリップに、緑のアイシャドウ。アーティストブランドに憧れて
――新卒採用でBAの仕事に就いたそうですが、美容専門学校ではなく四年制大学を卒業されているそうですね。
はい。高校生のときからBAになりたい気持ちが強く、美容専門学校のオープンキャンパスに行ったこともありました。一方で、大学で学びたい分野もあったため、ギリギリまで悩みました。最終的には大学を卒業したあとにやっぱり学びたい気持ちがあったら、美容専門学校に入り直せばいいと思い、四大への進学を決めたんです。そして新卒採用枠でBAに受かることができたので、そのまま入社を決めました。
大学時代にはスキンケアブランドでアルバイトするなどして、メイクの近くにいるようにはしていましたね。
――「shu uemura」へ入社を希望された理由は?
理由はたくさんあるのですが、大きな理由としては私がアーティスティックなメイクに興味があったことです。それこそ一枚の絵のような、作品のようなメイクに興味があって。自分がBAとなるときには、色合いが多様で鮮やか、さらに自由に表現できるブランドに所属したいという思いがありました。
それともうひとつ大きかったのが、スキンケアブランドでアルバイトしていたとき、目の前のカウンターが「shu uemura」で、スタッフの方が働いている姿を間近で見ることができたんです。メイクやヘアスタイルに1人1人の個性が際立っていて、他にはないブランドだと感じました。黒のリップや、緑のアイシャドウ。髪の毛も華やかにセットしていて、最先端のメイクに心惹かれました。
――美容専門学校の方が、BA採用には有利なのでしょうか。
ブランドさんにもよると思いますし、採用基準は分かりませんが、私が入社したときは、全国で6名が採用された内の半分は大卒、半分が美容専門学校卒でした。採用試験ではとくに実技試験などもなく、「shu uemura」が好きなことや熱意を伝え、入社することができました。
――入社後に美容学校卒の人との違いやハンデを感じたことはありませんでしたか?
最初は確かにありました。「shu uemura」では、最初の2週間でみっちり研修をします。社会人として店頭に立つことへの心得や、挨拶、所作。そして「shu uemura」のメソッドを1から100まで学んでいくのですが、専門卒の同期の方が美容の基礎知識や技術があると感じました。
ただ、基礎がないことにはメリットと捉えられることもありました。専門卒の同期が言っていたことなのですが、基礎があるために、筆の持ち方やメイクののせかたなど癖がついてしまっていて、それを「shu uemura」のメソッドに変えるのが大変ということでした。私は無知だったが故に、素直に吸収できたので、捉え方次第なのかなと思います。
憧れの本店へ。楽しかった3年が過ぎ、壁にぶつかる
――研修を終えて、いよいよお店に配属になるわけですね。
そうですね。研修の最終日に配属先の店舗の発表があって、私は表参道ヒルズ本店という、このお店が以前にあった表参道ヒルズの路面店の配属になりました。
――お店に立ったときのことは覚えていますか?
忘れられません。いろんな気持ちがこみ上げていましたね。私の中で「shu uemura」といえば表参道ヒルズ本店だったので、憧れの本店に自分が立っているという高揚感と、これからきちんとできるかなという不安と。そして当時、本店で働いていたのが、私にとっては全員神様のような「shu uemura」のエキスパートしかいなくて、朝の挨拶をするだけでも緊張していました(笑)。
――新人時代は、どのようなことを感じていましたか?
最初の2~3年目までは、緊張感はありつつも憧れのブランドで働けている、好きな仕事をさせていただいている楽しさしかありませんでした。ただここで、なかなか売上を上げられないという大きな壁にぶつかったんです。
今から振り返ってみると、そのころの私は目の前のお客さまが満足してくれることが自分のゴールだと思っていました。それと新人時代の私は、自分が1番になるより、誰かが1番になるのをサポートしたいと思うような人間で、なかなか前に出ていくことができなかったんです。売上をあげる意識が高いほかのスタッフがいると、すぐに譲ってしまうところもありました。でもBAとしてはそれだけではだめなんですよね。好きなだけではうまくいかないこともあるんだと、かなり悩みました。
ニーズに応えられれば、接客時間の長さと満足度は比例しない
――その壁を、どう乗り越えたのですか?
「shu uemura」では新人時代はかならず教育担当の先輩がつくのですが、その先輩とともになぜ数字が上がらないのか、課題を分析しました。そこでまず指摘されたのが、1人のお客さまに対しての接客時間が長く、接客しているお客さまの全体数が少ないということでした。
確かにそのときの私は、お客さまに丁寧に接したい気持ちが強く、さらに求められている以上のことをしてしまい接客時間が長い傾向にありました。そのときに先輩から「お客さまによって求めているものが違う。お客さまのそれぞれのニーズをきちんと引き出せば、接客時間と満足度は比例しない」というアドバイスを受けて、確かに、と思ったんです。
――求めているものが違うとは。
たとえばお客さまが入店したと同時にスタッフめがけて歩いてきて、「ファンデーションが欲しい」と仰るのであれば、まずはご希望のファンデーションを一番に準備をすることが求められます。お話しの中で、お客さまがお急ぎであったり、何か予定の間に来てくださっているとわかった場合、一刻も早くこの店を出ることがお客さまにとってはうれしいことで、ほかの商品をゆっくり丁寧にご案内する必要ないと思うんです。
一方で、商品選びに悩んでいて自分に合うものを相談したいお客さまであれば、細かくお話を聞き、商品を提案することが求められますよね。このようなニーズの見極めがとても大事だと気付かされました。
――どうすればニーズを見極められるのでしょうか。
お客さまをよく見る、よく話す、よく聞くの3点が大事だと思います。見ることに関しては、とにかくお客さまの動き、表情などをきちんと見ること。たとえばこちらが話しかけたことに会釈だけされて店内を見ている方がいたら、まずは店内を1人で全部見られたいのかなと考え、お客さまから少し離れたところから見守りつつ、一通りご覧いただくまでは声をかけない、など工夫をしています。
――よく話すというのは?
話すというのは、お客さまがどんな商品を求めているかを知るために重要なことです。どんな肌悩みなのか、どんなメイク製品を探しているかをお聞きしていくのですが、新人時代は会話がすごく苦手だったので、カウンセリングシートを活用していました。お客さまが求めるものを、いち早く知ることができると思います。
聞くことでは、自分が話し過ぎず、お客さまの話量が増えるような質問をするように心がけていました。具体的には「普段はどういった色味のアイシャドウを使っているのですか?」というような、「はい」か「いいえ」では答えられない質問です。話量が増えると、コミュニケーションが取りやすくなるのと、お客さまは一方的に聞かされているのではなく、「自分の話をきちんと聞いてもらえた」と感じていただけるのではないかと思っています。
ほかにも先輩から、接客するお客さまを増やす細かいポイントを色々と教えていただきました。ゆっくりしたいと思っているお客さまには話し口調ではゆっくりしつつ、タッチアップの動き、商品の準備など自分の動作を早くするなどです。かなり時間はかかりましたが、そうやって1つ1つ解決することで、売上を伸ばすことができました。
――前に出ることが苦手な性格も、変わっていきましたか?
段々と変わっていきましたね。銀座店に異動になったときにも、当時の上司が「他の人を応援する考え方はとてもいいけれど、お客さまを幸せにするために、そしてブランドを知ってもらうために、より多くのお客さまをご案内してほしい」と教えてくださって、気持ちを切り替えることができました。
お客さまにだれよりも早く声をかける心理的なハードルを下げるため、「なるべくお客さまに話しかけやすい位置に立ってみたら」とアドバイスを受けて、待機する場所を入り口の近くにしてみたこともありました。このように先輩からのアドバイスを実践したり、自分で工夫することで、徐々にクリアしていくことができました。
振り返ってみると、自分が前に出たら何か思われるんじゃないかと思い込んでしまっていた部分もあったと思うんです。他のスタッフはそこまで気にしているわけではなかったのかなと思うのと、新人時代はとくに自分の課題や試練はため込まずに先輩方へ相談することで、打開策が見つかることが多いと感じました。
思うように売上をあげられなかった小林さんを変えた、3つのポイント
1.接客時間と満足度は比例しないというアドバイスにより、接客に対する考え方を変えた
2.よく見る、話す、聞くの3つを大切に、お客さまのニーズを引き出した
3.入り口近くに立つなどして、前に出ることの心理的なハードルを下げた
後編では、小林さんがどのようにキャリアアップをして、「shu uemura」BA最高峰のアーティスト称号を得たのかを伺います。自分がスタッフにメイクする姿を、動画に収めて見直すことで、技術力があがっていったという小林さん。また新人時代の体験がどのような学びになったかを振り返っていただきました。後編もお楽しみに!