垣内綾子さん

垣内綾子 interview #1:アイドルから経営者への転身、サロン経営で海外へも進出する力とは

好きな言葉は「Impossible is nothing(不可能はない)」という、垣内綾子さん。そう言えるのは困難な状況のときこそチャンスととらえて乗り越える、しなやかに生き抜く力を備えているからなのでしょう。

自分の置かれた環境や、周りで支えてくれる人たちへの感謝を忘れずに常に新たなチャレンジを続ける垣内さんにこれからのビジョンを伺いました。

――芸能界という舞台から、美容業界へ転進されたきっかけどんなことだったんですか?

垣内綾子さん

「芸能界での活動は、17歳の頃にスカウトをされたことがきっかけでした。ただ活動をスタートしたころから、芸能の道だけでは生活ができなかったので、飲食店でのアルバイトもしていました。そのお店が当時の私にとって、大きな影響を与えてくれる『学びの場』になっていたんです。サービスをすることで、お客様を喜ばせることや売上目標を達成することを、私自身に意識付けてくれるお店だったので、私はそこで『常に目標を持ち達成する』ことの面白さを知りました。その後、芸能活動を続けながら、今度は営業職を経験することになったんです。

新たな契約をとってくる仕事でしたが、その会社がまさにベンチャー企業の雰囲気と言いますか、やりがいはあるけれど、泣き言を言えば終わりかのような厳しい世界。笑いあり、涙ありの努力の日々でした。時にはつらいと思うこともありましたが、そこでは『不可能を少しでも可能に近づける達成の仕方』を身に付けることができたんです。そのうち営業でトップの成績を残せるようになり、収入も芸能活動よりもかなり上回るようになるほどに。ちょうどその頃、芸能界での活動には限界があるように感じていました。芸能界は厳しくも楽しい世界ではありましたが、ずっと続けていきたいとは思えなくて……。それで思い切って、ニューヨークに留学してみたんです」

――芸能界、飲食、営業とさまざまな経験を持って羽ばたいたニューヨークでどのような変化が生まれたんですか?

垣内綾子さん

「そうですね。初めての留学は不安でいっぱいでした。実際、はじめにニューヨークで生活をしていた頃は英語も話せなくて本当に大変で(笑)。“自分探し”ってよく言いますけど、当時の私はまさしくその“自分探し”をしていました。ただ漠然と、街を歩き周って何かを探し求める日々……。でも美容トレンドの発信地といわれる「マンハッタン」で、常にアンテナを張りながら、人々の型にハマらないスタイルを見ているうちに、私もいつかは人をハッピーにできる人になりたいと思って……。そんなある日、ふと『まつげエクステってどうなんだろう?』と思ったんです。そこから私は『美容の世界で生きてみよう』と。本当に突然。

きっかけなんて、そんなものなんですね。その頃、日本では「まつげエクステ」がそこまで流行ってはいなかったのですが、私は『こんなに小さなパーツで人をハッピーにできる仕事があるのか』と、すぐに「まつげエクステ」の世界に魅了されました。私は、やると決めたらとことんやるタイプ。だから「まつげエクステ」も、一気に技術を学んで。さらにニューヨークに居ながら日本の「まつげエクステ事情」も徹底的に調べました」

――ニューヨークで目覚めた『美容』への思いからスタートした「まつげエクステ」はどのように発展していったんですか?

垣内綾子さん

「その後、ニューヨークでの決意を胸に帰国。早速「まつげエクステ」のサロンに入店したものの、当初は完全に私の力不足でした。自信も能力も全然足りていない状態でした。そこで以前お世話になっていたベンチャー企業へ戻り、今度は一から本格的にマネジメントの勉強を始めることにしたんです。そんな日々を過ごす中、ニューヨークで出会った友人がサロン経営のことで声をかけてくれたんです。思えば、この出来事こそが、私にとって運命の始まりになっていたんです。

さらに福井県で美容サロンの経営をしていた友人が、「あなたなら絶対にできる、経営者になったほうがいい」と言ってくれたんです。自分でサロンを経営するだなんて、ほんの少しも考えてはいませんでしたが、彼女からの一言に背中を押されました。ゼロからのサロンスタートにはとても不安もありましたが、これはきっとチャンスなんだと決心をしました。それからは、できる限りのお金をすべて開店の資金へ回すことに。仮にもし、お店の売り上げがゼロになったとしてもなんとか持ちこたえられる、というところまでお金を貯めて出店まで進めました。この頃はもう本当に必死だったんですね。サロンを出すなら、何があっても関わるスタッフの生活だけは絶対守る! そのためには自分は死ぬ気でやろうと覚悟していました」

Profile

垣内綾子さん

垣内綾子(かきうち あやこ)さん

MANHATTAN~eyelash extension salon~ 代表

出身地:大阪府

血液型:O型

座右の銘:Impossible is nothing 「不可能はない」

10代の頃から雑誌モデルやCMタレント、レポーターとして活躍し、アイドル歌手としてメジャーデビューも。飲食店でのスタッフ教育や、ベンチャー企業での営業経験を経て、単身渡米。帰国後、福井県に1店舗目となるサロンをオープン。それから3年で、現在海外を含む合計5店舗を経営。今年の5月末にアメリカのシカゴに【MANHATTAN CHICAGO SALON】をオープンさせた。

Company

サロン
MANHATTAN~eyelash extension salon~

ニューヨークのマンハッタンを訪れた人からは、街を歩いているだけで元気になれる、いるだけで楽しい、何よりHAPPYな気分になれる! そんな声をよく耳にしてきました。
当店『MANHATTAN』も大切な時間を割いてお越し頂いているお客様に、ただまつげにエクステをつけるだけではなく、そこで過ごす時間をHAPPYなものにしてもらいたい、という思いから、まるでニューヨークにいるような空間をつくらせて頂きました。異空間で心からHAPPYに…… お客様のHAPPYは私たちスタッフのHAPPYです。

まつげエクステサロンMANHATTAN

恵比寿店
東京都渋谷区恵比寿1-5-8初鹿野ビル7階

福井店
福井県福井市大手2-2-15Has IIビル1階
JR福井駅 徒歩3分

福井武生店
福井県越前市府中1-2-3センチュリープラザ2階
武生駅 徒歩30秒

福井春江店
福井県坂井市春江町江留上新町3ホープテラス2階
プレオープン中

アメリカシカゴ店
8 SOUTH DUNTON AVE. ARLINGTON HEIGHTS,IL

◎新店舗情報
敦賀店
福井県敦賀市呉竹1-36-13オリエンタル呉竹ビル1階
2015/12/19 プレオープン

甲府店
山梨県甲府市丸の内3丁目20-4若林ビル1階
2015/12/17 プレオープン
http://manhattan-eyelash.com

Information

マンハッタン

「MANHATTAN ドリームマスカラ」

“自まつげにもやさしいまつ毛エクステ用のマスカラが欲しい!”というまつ毛エクステ愛好家の意見を元に開発された夢のような商品。

●ボリュームを出しながら、リッチな9種類の美容成分浸透でまつ毛ケアも
●W(ダブル)構造ブラシだから、これ1本でエクステの方向修正まで
●毛の1本1本にしっかり馴染み、キレイな状態を1日中キープ
●まつ毛を傷めずに、お湯で簡単するっとオフ
●ウォータープルーフタイプで、パンダ目防止

販売価格(税抜)3,900円

垣内綾子interview #2:夢を実現のものとしたサロン出店の苦難と喜び! >>

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