「看板なし・駅から25分」で始まった挑戦。腕一本で1日50名が訪れる人気の接骨院に 【治療・リラクゼーション・歯科業界のお仕事 渡邉康隆さん】#2

治療、リラクゼーション、歯科業界など、人々の痛みや不調に寄り添う仕事の魅力を紹介する本企画。今回お話を伺うのは柔道整復師の渡邉康隆さんです。

前編では渡邉さんが柔道整復師の資格取得に至るまで、そして修業時代について伺いました。

後編では渡邉さんの開業後について伺います。開業場所に選んだのは、東京・町田。「この環境で成功できなければ、どこへ行っても通用しない」という強い覚悟のもと、駅から徒歩25分の物件で、看板も出さずに勝負することを決めたといいます。

結果として開業からわずか2週間で1日30名が来院する人気院へと成長させたそうです。

お話を伺ったのは…

渡邉康隆さん

CTL medical 整体院 院長 柔道整復師/カイロプラクター

高校卒業後、フランスで約6年半プロサッカー選手としてプレー。ケガの際に受けたトレーナーのサポートをきっかけに、選手を支える側の仕事を志す。カイロプラクターを経て柔道整復師の資格を取得し、徳島県の接骨院で2年間外傷の臨床に従事。その後、東京・町田で開業し、口コミのみで瞬く間に人気院へと成長させた。現在は、ソサイチ日本代表をはじめとするアスリート・代表チームのメディカルサポート、セルフケア商品の監修など活動の幅を広げながら、店舗を持たず全国を巡回する独自のスタイルで柔道整復師として活躍している。

インスタグラム

厳しい立地からの挑戦。信頼が「選ばれる治療院」を作った

開業当時の渡邉さんの接骨院。あえて厳しい環境を選び、覚悟をもって治療院経営に挑んだ

――開業はどのような形でスタートしたのですか?

開業したのは、駅から徒歩25分、家賃38万円という東京・町田の物件でした。この物件を選んだのは「この環境で成功できなければ、どこに行っても通用しない」と思っていたからです。看板・チラシ・ホームページを一切出さず、口コミだけで勝負するという覚悟を持っていました。

閑静な住宅街だったこともあり、近所の方が「何ができたんだろう?」と覗いてくださったのがきっかけで、少しずつ口コミが広がっていきました。

――その後の状況はいかがでしたか?

ありがたいことに順調でしたね。3月上旬に開業し、3月末には1日30名、その2ヶ月後には40名、3ヶ月後には50名来院と、想像以上に早いスピードで患者様が増えていきました。

一般的に、ひとり接骨院の平均来院患者数は25〜30名で、そこに到達するには半年ほどかかるといわれています。それを考えると、非常に恵まれたスタートでした。

しかも受付スタッフなしで、施術、会計、予約管理までのすべてをひとりで対応していたんです。休みもほとんど取れませんでしたが、この経験が大きな自信につながったと思います。

――その後は?

3年ほどで経営が安定したことから、今度は自由診療メインの整体院を駅前の激戦区に出店しました。同業が13店舗あるエリアでしたが、さらに挑戦をしたいとの気持ちから出店を決意したんです。
開業後すぐに予約率は90%を超え、ここでも多くの方に通っていただけました。

――なぜそこまで患者様から支持されるのでしょうか?

患者様1人ひとりと向き合って、逃げないことを大事にしてきたからだと思います。この「逃げないこと」のなかには「自分のできないことを認める」という部分も含まれています。

難しい体の状態の患者様には、自分ができる最大限のケアをしながら、自分の施術に限界を感じれば、「MRIで体のなかまできちっと見ないと何とも言えないので、申し訳ないですが、病院を受診してください」と病院への受診をおすすめします。

そして病院を紹介するだけでなく、必ず病院に同行し、医師の説明を自分の耳で聞くようにしていました。患者様の状態を正確に把握し、自分の施術方針に反映することは柔道整復師の義務だと思っているからです。

トレーナー、そして全国巡回へ。自分らしい働き方を求めて

メディカルトレーナーとして、さまざまなアスリートを支える渡邉さん

――トレーナー活動を始めたきっかけは?

来院された患者様のなかに、JOC(日本オリンピック委員会)強化部のスタッフの方がいらっしゃったのがきっかけです。施術を高く評価してくださり、選手のケアを依頼されるようになりました。

そこから口コミが広がり、高校野球、インターハイ、学生サッカーなど、幅広い競技の現場で依頼が来るようになったんです。

ホームページやSNSなどを使って宣伝をしていたわけではなく、1人ひとりとの信頼が次の仕事につながったという感覚でしたね。

――現在は出張型で施術を行っていると伺いました。始めた理由は?

私が働くうえで大切しているテーマに「自由」があります。日本では毎日、フルタイムで働くことが当たり前のようになっていますが、その価値観自体に違和感があったんです。

たとえば月10日働いて生活できるなら、残りの20日は学びや自己投資に使えばいいと思っていました。店舗を構えず出張施術に切り替えれば、自由で、時間を柔軟に使える働き方が叶うと思ったんです。

また、出張施術は1回勝負。患者様との緊張感や責任感が自分には合っていると感じました。

――全国各地で患者様を集めるのは難しくありませんか?

もちろん難しさはありますが、各地で広告塔になってくれる人を見極め、その方との信頼関係を築くことで患者様が広がっていきました。

とくに沖縄・久高島での仕事は印象的でしたね。外部の人に厳しいといわれる地域ですが、信頼できる方に紹介していただいたことで島の人たちに受け入れられ、毎月通う関係を築くことができました。

信頼関係があればどこでも仕事は作れると思っています。

大切なのは「カテゴリー」を見極めること

渡邉さんは柔道整復師、メディカルトレーナーとしてだけでなく、セルフケア商品の監修など活動の幅を広げている

――柔道整復師としてやりがいを感じた瞬間は?

さまざまありますが、今年9月にブラジルで開催されたソサイチのワールドカップに帯同したことが、とくに印象に残っています。

大会の1週間前、足首の靭帯を損傷する選手が3名も出てしまい、「出場は難しいかもしれない」と言われるほど深刻な状況でした。それでも毎日、選手の状態を共有しながらケアを続け、少しずつ回復を積み重ねていったんです。

その結果、3名全員が本番のピッチに立つことができました。

――それは印象的な出来事ですね。

ええ。なかでももっとも重症とされていた選手がブラジル戦にフル出場し、相手の強力な攻撃を前に3得点を防ぐ見事なディフェンスを披露しました。試合後にその選手から、「渡邉さんがトレーナーじゃなかったら、試合に出られなかったと思います」という言葉をもらったことは、忘れられないです。

さらに、別の選手はアルゼンチン戦で復帰し、2得点を挙げてMVPを獲得。一度はケガで離脱した選手が戻ってきて、以前よりも高いパフォーマンスを発揮してくれたことは本当に嬉しかったです。

チームとしてはベスト8という結果でしたが、最後に当たったメキシコ相手に互角に戦えたことで「世界の背中が見えた」と感じられた大会でもありました。その場に自分が関われたことは大きな誇りですし、同時に「もっと1日でも早く回復させられたのではないか」という悔しさもあり、今後の糧になっています。

――これから柔道整復師を目指す人へのアドバイスをお願いします。

まずはどのカテゴリーを目指すかを明確にすることが重要だと思います。外傷、スポーツ系、美容、リラクゼーション。柔道整復師の活躍の場は広いからこそ、方向性を決める必要があると思うんです。

学校での勉強は国家資格を取るための知識が中心で、本当に大事なのは現場に出てからです。「Jリーグのトレーナーになる」、「日本代表に携わる」など、具体的な目標をはっきり決めると、日々の選択が変わります。

そして本音を言うと、柔道整復師の本来の専門である「外傷」や「整復」に挑戦する人がもっと増えてほしい。怖いと感じる人が多い分野ですが、だからこそ価値があると思います。

――最後に今後の目標は?

柔道整復師の価値を世界へ広げることです。海外のトレーナーと話すと「レントゲンなしで骨折を整復する」という技術に驚かれます。

「Judo Therapist(柔道セラピスト)」として海外でも認知を高め、日本の柔道整復師の技術と価値を世界に発信していきたいと思っています。


柔道整復師としての専門性を磨きながら、自分らしい働き方を模索し続けてきた渡邉さん。常に目の前のことに本気で挑戦してきた姿勢に大きな刺激をもらう取材となりました。

渡邉さんの歩みは、これから柔道整復師を目指す人たちを明るく照らす光となるのではないでしょうか。


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