きっかけは「スポーツに携わりたい」という気持ち。できない悔しさが本気を呼び覚ました「KOTURIBA」亀甲柚希さん

東京・東村山、麻布十番に3店舗を構える整体院「KOTURIBA」。自費診療に特化し、痛みの根本改善から生活習慣の指導までを行う整体院として、多くのお客様から支持を集めています。

今回お話を伺うのは麻布十番店の院長を務める亀甲柚希さんです。子どものころにサッカーをしていた経験から「スポーツに関わる仕事ができたら」という漠然とした思いでスポーツトレーナーやインストラクターを養成する専門学校への進学を決めたといいます。

そして、就職活動中に出合った整骨院で、不調を抱えて来院した方が笑顔で帰っていく、まるで魔法のような光景を目の当たりにしたことをきっかけに、整体師としてのキャリアを歩み始めました。

専門学校在籍中は勉強が嫌いだったという亀甲さんですが、整骨院での新人時代に先輩との圧倒的な差を感じ、学ぶことに本気になったといいます。

お話を伺ったのは…

亀甲柚希さん

KOTURIBA 麻布十番店 院長/整体師

沖縄県出身。子どものころからサッカーに親しみ、「スポーツに携わる仕事がしたい」という思いからスポーツ整体・トレーナー学科のある専門学校へ進学。卒業後は整骨院に入社する。その後、脱毛サロン、産後整体サロンを経て、2025年1月に「KOTURIBA」へ転職。現在は麻布十番店の院長を務める。

インスタグラム

勉強は苦手で、いつも赤点ギリギリ。唯一の楽しみは実技の授業

取材に応じる亀甲さん。整体師としてさまざまな経験を積んできた

――整体師の道に進もうと思った理由から教えてください。

最初から整体師を目指していたわけではありませんでした。子どものころからサッカーをしていたこともあり、「スポーツに携われる仕事につけたらいいな」というくらいの、漠然とした思いがあったんです。

高校時代に進路を考えていたときに、学校に届いていたさまざまな専門学校のパンフレットのなかに、「スポーツ整体トレーナー学科」という文字を見つけて。「ここに入ればスポーツに携わる仕事につながるかもしれない」と思い、入学を決めました。

――まずはスポーツという軸があったのですね。専門学校時代はどんなふうに過ごされたんですか?

本当に勉強ができなかったので、学年を上がるのも必死でした。最初は筋肉や骨の名前をとにかく覚えていかなければならず、その後に神経系も入ってきて……。暗記だらけの毎日に心が折れそうになることも多かったです。

テストで赤点を取ると再テストになる仕組みで、いつもギリギリの状態。放課後に先生に残ってもらって勉強を見てもらっていましたね。

——実技の授業はどうでしたか?

実技だけは唯一楽しかったです。テーピングや包帯を巻く授業があって、その時間だけは「トレーナーの仕事に近い!」とワクワクしました。

ただ正直それ以外の学科の授業は自分の将来に活かせるイメージがまったく浮かばなくて。遊びたい気持ちも強かったですし、勉強に身が入らなかったです。

親が学費を払ってくれているので、卒業だけはしないといけないという思いで、なんとか学校に通い続けていました。

「上京したい」が就活の軸。そこで出合った「魔法のような施術」

卒業後の進路も漠然としていたという亀甲さん。就職活動中にその後の人生を決定づけるような出合いが

――就職活動を意識し始めたのはいつごろから?

2年生のころからです。学校でも企業説明会がよく開催されていて、参加するうちに少しずつ就職を意識し始めました。

――就職先は、やはり「スポーツに関わる仕事」を軸に探していたのですか?

いえ、そのころはとにかく上京したいという思いが強かったです。とくに大きな理由があったわけではないのですが、実家から出たい気持ちがあって、東京や関東に配属される企業を中心に探していました。

――1社目に入った整骨院とは、どのように出合ったのですか?

学校の就職説明会にその会社も来ていて。説明を聞くうちに接骨院や整体の仕事も楽しそうだなと思ったんです。さらにここで技術を身につけておけば、将来的にトレーナーなどスポーツに携わる仕事につながるかもしれないとも感じ、候補に入れるようになりました。

――採用試験の流れは?

2年生の夏休みに1週間ほどインターンに参加し、そこで問題がなければ秋ごろに面接があって、採用が決まるという流れでした。僕の通っていた専門学校からその会社に進む学生が多く、信頼関係があったため採用試験は簡略化されていたんだと思います。

僕のような地方出身者は、1週間ほど寮に住み込みをさせてもらいながら、インターンを体験することができたんです。

――インターンで現場を経験したとき、どんな印象でしたか?

衝撃でした。とくに印象的だったのは腰が悪くてほとんどまっすぐ伸ばせないお客様が飛び込みで来院されて、院長の施術を受けた後、まっすぐ立ってスタスタと歩いて帰っていく姿を目にしたことです。まるでマジックのようで、「手技だけでこんなに変わるのか」と驚きました。

1社目に入った会社では機械はなるべく使わず、手技を重視する会社だったので、院長の施術に感動し、この技術を学びたいと強く思ったんです。

――インターン中に何かアピールしていたことや、意識していたことはありますか? 

不安なことがあれば相談し、「この会社に入りたい」という思いをアピールしていました。インターン先に、沖縄の先輩が多かったので相談もしやすかったですし、就職の窓口になってくれていた専務と直接お話しさせていただく機会もあったので、入社したいという思いを率直に伝えましたね。

――面接で印象に残っていることは?

「地方に行けるか」と聞かれたことが一番印象的でした。本当は東京や関東の方が嬉しかったので内心は戸惑いもあったのですが、入社したい気持ちの方が強かったので「どこでも大丈夫です」と答えました(笑)。

その後、内定の連絡をいただいたときはうれしかったです。沖縄を出ることにまったく不安がなかったわけではないのですが、それよりも間近で見た施術のインパクトが強すぎて、早く自分もあの技術を身につけたいという思いの方が勝っていました。

配属先はまさかの北海道。初めて感じた挫折

新人時代の悔しさが、成長の原動力になったと語る亀甲さん

――その後入社されたわけですね。実際の配属先は?

北海道にできた新店舗でした。沖縄から北海道へ、一気に北へ大移動です(笑)。しかも配属になったのは、国内でもとくに寒さが厳しい地域として知られる陸別。冬には氷点下30℃近くまで下がる日もあり、沖縄の夏と比べると寒暖差は50℃近くになることもあります。

4月に初めて北海道を訪れたときは、気温が10℃ほどで雪もまだ残っていました。どれほど寒いのか想像もつかず薄着で向かった僕は、現地の方に驚かれ、笑われてしまったことを覚えています。

――入社後はどんなことを感じましたか。

関東で1ヶ月ほど研修を受けたあと、北海道の店舗に配属されたのですが、現場に立つと先輩との差を痛感する毎日でした。

僕が施術に入ると、なかなか改善が見られないことが多いのに、先輩が入るとお客様が笑顔で帰っていく。その違いが悔しくて、「自分は役に立てていない」と落ち込む日も多かったです。これまで自分がやってきたことでは歯が立たないんだと、強烈に思い知らされました。

ただ、この悔しさがあったからこそ、人生で初めてといっていいほど本気になれました。できないことをできるようにするために、勉強も練習も自分の限界まで取り組むようになったんです。

――具体的にはどのように乗り越えていったのですか?

その会社には「基本手技」と呼ばれる型がしっかり定められていたので、まずはその基本を徹底的に極めました。同期や先輩に付き合ってもらいながら深夜まで練習を重ね、解剖学も一から学び直し、知識と技術の両面を鍛え直していったんです。

入社から2年ほど経ったころ、少しずつ紹介で来てくださるお客様が増え、「自分の施術で喜んでもらえている」と手ごたえを感じられるようになりました。

悔しい思いもたくさんした時期でしたが、ここで必死に経験を積めたことは、今振り返ると本当に大きな財産になったと思っています。


後編では2社目、3社目を経て「KOTURIBA」に入社した亀甲さんの転職体験について伺います。「KOTURIBA」の代表である鎌谷さんは、1社目の会社での上司でもあったという亀甲さん。

転職の後押しをしたのは、この人の元でなら絶対に成長できるという強い信頼感でした。


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KOTURIBA-整体院 麻布十番店
住所:東京都港区麻布十番3丁目5-7 麻布カジタ303

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