結果が出せない悔しさから基本を徹底。積み重ねが成長を生んだ新人時代「KOTURIBA」小渕幹太さん

東京・東村山、麻布十番に3店舗を構える整体院「KOTURIBA」。自費診療に特化し、痛みの根本改善から生活習慣の指導までを行う整体院として、多くのお客様から支持を集めています。

今回お話を伺うのは東村山店の院長を務める、柔道整復師の小渕幹太さんです。

高校時代に野球のケガをきっかけに柔道整復師という仕事に出会い、専門学校での勉強とアルバイトを両立させながら国家資格を取得した小渕さん。

卒業後に入社した接骨院では、入社当初こそ先輩との力の差に打ちのめされながらも、毎日のように練習を重ねることで、少しずつ「治療家としての手ごたえ」をつかんでいったといいます。

お話を伺ったのは…

小渕幹太さん

KOTURIBA 東村山店 院長/柔道整復師

高校時代に野球のケガをきっかけに柔道整復師を志し、専門学校へ進学。卒業後は接骨院に入社し、院長職まで経験する。その後、より成長できる環境を求めて「KOTURIBA」に転職。現在は東村山店の院長として、施術とマネジメントの両面からお客様の健康づくりを支えている。

インスタグラム

自分のケガを改善してくれた柔道整復師の仕事に魅力を感じて

取材に応じてくれた小渕さん。柔道整復師の道に進んだのは自らの故障の経験がきっかけだった

――柔道整復師になろうと思った理由は?

僕は中学・高校と野球部に所属していたのですが、高校生のときに肉離れを経験してしまって。そのときに通っていたのが整骨院で、担当してくださったのが柔道整復師の先生でした。

ケガをした直後の急性期は病院で診てもらい、その後の経過は接骨院で診てもらったのですが、通っているうちに手技での治療などを通して少しずつ状態が良くなっていく実感があって。

「手を使った治療で、こんなに良くなるんだ」と体感できたことが、この世界を意識するきっかけになりました。

――ほかにも理学療法士や鍼灸師など、体に関わる仕事はいろいろありますが、そのなかでも柔道整復師を選んだのですね。

自分が柔道整復師の施術を経験していたということが一番大きかったですね。ケガで落ち込んでいた自分に、手技療法で向き合ってくれて、前向きな気持ちにしてくれた。その経験が強く印象に残っていて、自分もこういう立場になれたらと思うようになりました。

――その後は専門学校に?

はい。練馬にある専門学校の中間部(昼間の部)に3年間通いました。午前中は少し早めに学校に行って図書室で勉強して、昼間は授業。17時に学校が終わると18時ごろから閉店まで地元のハンバーガー店でアルバイトをする生活でした。

実家で暮らしてはいましたが、なるべく親に金銭的な負担をかけたくなかったので、アルバイトにも力を入れていたんです。

――専門学校ではどのようなことを学びましたか?

学科も実技も盛りだくさんの3年間でした。実技では、整体の手技だけでなく、包帯の巻き方なども含めてさまざまな内容を学びます。当然ですが初めてのことばかりだったので、最初は戸惑うことも多かったです。

僕は「ケガを治してもらった」という体験からなんとなくこの道に進んだのですが、周りには最初から強い意志を持って目指している同級生も多く、そのギャップを感じる場面もありましたね。

――学科の勉強で苦労をしたことはありましたか?

暗記自体は得意だったので覚えてしまえばどうにかなるのですが、ロジカルに考えていく部分が難しかったです。筋肉がどのようにつながっているのか、解剖学的な視点や動作との関連付けを考えるところは、最初はなかなか理解が追いつきませんでした。

ただ、自分のなかに知識が増えていくにつれて、体の仕組みや構造がわかってくるのが面白くて。野球で体を動かしてきた経験と結びつけて、「ボールを投げる動作ではこの筋肉が使われているんだな」などとイメージできるようになると、勉強もどんどん楽しくなっていきました。

――3年生になると、国家試験の勉強が本格化するのですよね。

そうですね。僕の通っていた専門学校は、国家試験の合格率100%を目指すとても厳しい学校でした。とくに3年生の秋以降は負担が大きく、10月に実技テスト、12月に筆記の卒業テストがあり、この筆記テストが国家試験よりも難しい内容になっていたんです。

そのため、12月の卒業テストまでは必死で勉強する日々で、みんな終電ギリギリまで残って勉強をしていました。逆にこのテストに合格してしまえば、国家試験はそれほど難しいとは感じませんでしたね。

クラスは60人中40人ほどが男子で、スポーツ経験者も多くて。「みんなで受かろう」という部活のような一体感があったおかげで、しんどい時期もなんとか乗り越えられたと思います。

15分ほどの施術で驚くほど軽くなった体。接骨院への入社を即決

前社への入社を決めたきっかけについて説明する小渕さん

――最初の就職先を選んだ理由は?

就職活動の際は、仲介会社の方に入ってもらっていて、3社ほど接骨院グループを紹介してもらいました。

――そのうちの1社に絞られたわけですね。決め手となったのはどんな点でしたか?

一番大きかったのは、その会社の技術の高度さを自分で体感できたことです。面接のあとに実際の施術を受けさせてもらったのですが、15分ほどの施術で体が驚くほど軽くなったんです。

当時の自分は接骨院の施術をまだ何もわかっていなかったので、「さすってもらったり、少し押してもらった」くらいの感覚だったのですが、終わってみると、全身がすっきりしている感覚がありました。

ケガを治してもらった経験はありましたが、そのときとはまた違う種類の「軽さ」で、正直かなり驚きましたね。ほかの2院でも同じように施術を受けさせてもらったのですが、確実にその会社だけ、体感として違うものがありました。

――明らかに違う「何か」を感じたのですね。

はい。また院内の雰囲気や先生の接し方、患者様への対応も含めて、自分がここで学びたいと一番思えた環境だったので、入社したいと強く思いました。

――入社後はどのように仕事を覚えていったのですか?

入社後は、まず1ヶ月間の研修を受けてから、それぞれの店舗に配属される流れでした。研修では9時〜18時くらいまで、ほぼ1日を使って、会社独自の基本手技という5つの型を徹底的に学びます。知識面も学びますが、どちらかというと基本の手技を体に叩き込む毎日でした。

同じ専門学校から同じ会社に就職した仲間が8人ほどいたので、顔見知りが多く、前向きに取り組みやすい環境でした。練習を重ねるうちに少しずつうまくなっていくのも体感できて、研修はとても楽しかったです。

入社後すぐに感じた挫折。毎日の練習をルーティン化し、手がかりをつかむ

入社した小渕さんを待っていたのは、挫折だったという

――配属はどこに決まったのですか?

東京・田無駅にある店舗です。のちに「KOTURIBA」で上司となる高嶺先生ともここで出会いました。学ぶこともとても多く、環境としては恵まれていたと思うのですが、入社当時が一番大きな壁にぶつかった時期でもありましたね。

――具体的にはどんな壁でしたか?

患者様に施術させていただいても、なかなか症状が改善しないんです。先輩たちが施術に入ると、患者様から喜びの声や感動の言葉がたくさん出ているのに、自分が担当したときにはそういった反応がほとんどない。

今振り返れば、入社したばかりで結果が出ないのは当然なのですが、当時はどうしても劣等感やもどかしさを強く感じていました。

――その壁はどのようにして乗り越えていったのですか。

当時勤めていた会社は12時から15時までがお昼休憩の時間だったのですが、そのうちの半分くらいの時間は練習に当てて、残りの時間でお昼休憩をとるということを、毎日続けていたんです。

先輩にも練習に付き合っていただいたり、「どうしたらそんな風に患者様を改善できるのか」とアプローチの仕方をよく質問していました。

――そこから徐々に手応えを感じるようになっていったのですか?

はい。配属されてから2、3ヶ月経ったころ、四十肩で腕が上がらない女性の患者様を担当したことがありました。それまでこわばっていた表情が、施術後にはふっと和らいで笑顔になり、「肩が軽くなりました」と喜んでいただけて。

そのとき、「施術で効果を出せると、こんなにも表情が変わるんだ」とびっくりしましたし、これが自分にとって大きな成功体験になりました。

この経験をきっかけに、治療家としての自覚も芽生えましたし、「またあのときのように、目の前のお客様に喜んでもらえる瞬間を増やしたい」と強く思うようになったんです。


後編では実力を認められ、院長に抜擢された小渕さんがぶつかった壁について伺います。初めて部下を持ち、思うように結果が出せなかったという小渕さん。悩んだ末に現場スタッフに戻る決断をくだします。

その後も挫折感をずっと抱えていた小渕さんは、もっと成長できる場に身を置きたいと「KOTURIBA」に転職。「どうなりたいのか」と何度も問われる環境のなかで成長を続け、再び院長に就任。今では自分の課題を楽しめるようになったといいます。


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KOTURIBA-整体院東村山本店
住所:東京都東村山市本町2-18-10武田ビル201

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