美容・理容の働き方を考える。自分のスキルを活かす『訪問カット』 #2
前回に引き続き、今回は『訪問カット』の現場をレポートします、どんな点に注意しながらどのような流れで作業するのかなど、気になる人も多いでしょう。まだまだ『訪問カット』について、分かりにくい部分も多々あるかと思いますが、実際の流れを確認してもらえれば、より理解を深めていただけると思います。
「人のために自分のスキルを活かす」現場とは一体どんな雰囲気なのか…。美容・理容関係の皆さんの中にも『訪問カット』に興味をお持ちの方は必見です。
スマホの地図アプリを片手に、現場に向かいます
早速、訪問カットをメインに活躍する美容師、酒井リエさんの現場に密着してみましょう。今回は、何度もご指名をいただいている常連のお客様のご自宅へと向かいます。この「移動」が、訪問カットで(肉体的に)負担がかかる部分のようです。
「今日は、何度か伺ったことがあるご自宅なのですが、初めて派遣される施設や病院もあります。そんな時は、スマホの地図アプリを見ながら現地に向かうことが多いですね。その日の作業内容にもよりますが駅から遠い場合などもあるので、事前に調べておくことも多いです。お客様をお迎えするサロン勤務と違いこちらから伺うので、天候や季節によっては移動が大変な時もありますが、色んな場所に行ける楽しさも味わえます」
施設などの場合は多くのスタッフが常駐していますが、初めてのお客様や自宅などへ伺う場合は、付き添いの人に同行や同席してもらうだけでなく介護人(ヘルパー)さんにも同席してもらう場合もあるそうです。
「訪問カットの場合、椅子に座っていられる人ばかりではなく、体勢なども介護の方(ヘルパー)にサポートしていただきながら進めていくケースもあります。そのため、訪問カットをされる美容師の中には介護の資格と知識を持った方もいらっしゃいますね」
できるだけお客様に体の負担をかけないことを意識してカット
本日のお客様は、体の筋力が不足する障害を持ちながら、明るく話好きな大学生。リエさんには既に何度かカットしてもらっていて、今日はカラーリングにも挑戦したいというリクエストもメールで発注済みなのだそうです。
挨拶もそこそこに、引っ張ってきた荷物をほどき準備を始めるリエさん。かなり大きい荷物ですが、どんなシチュエーションでも対応するため機材は多め。ご自宅の縁側スペースに置かれたストレッチャーを中心に、ビニールやゴミ箱など手早く準備します。
介護人(ヘルパー)の方と簡単な打ち合わせをしながら、お客様の苦しくないポジションを確認。通常のサロンであれば「シャンプー」からですが、迷うことなく霧吹きで髪を濡らしカットし始めます。始めるまでの所要時間は10分足らずのスピーディさです。
「とにかく、カットする体制を維持できない方のために、できる限り時間をかけないカットを心がけています。またヘルパーさんとの連携は非常に大切になってきます」
ヘルパーさんに指示を出しながら、テキパキとカットを進めるリエさん。それでもお客様との会話は、普通のサロンと同じ。楽しんできたデートが話題に盛り上がります。
「体は不自由かもしれませんが、それ以外はサロンのお客様と同じです。寝たきりだっておしゃれや髪型を楽しみたいと思っていらっしゃる人がいる。だから、できる限りのリクエストを聞いてカットしています」
時短のためもあって、通常より使用頻度が高いのがバリカン。ヘルパーに支えられた頭部を短時間でカットするためにも、バリカンを上手に活用するのがポイントだそう。
「お客様の中には、多動障害(長時間じっとしていられない・突発的に体の一部が動いてしまう障害)をお持ちの方もいらっしゃいます。その場合、通常のハサミでは怪我をさせてしまう可能性もあり危険です。また、感染症対策などもあり衛生面で非常に気を遣う必要もあります」
そう話しながらも、手を止めずに作業を続けるリエさん。お客様に体勢的に負担がないかを確認しつつ、ヘルパーさんと連携して手際よくカットしていきます。
訪問カットだって、カラーリングも楽しめます
ある程度のカットが終了した時点で、カラーチャートを開いて見せるリエさん。今日はお客様のリクエストでカラーにも挑戦するのだとか。
「訪問カットは時間をかけないのが原則ですが、だからと言って効率ばかりを求めると、長さを揃えただけのヘアスタイルになってしまいがちです。でも私は、サロンのお客様と同じように好きな髪型にしてほしいし、色だって変えられることをお手伝いしたい。そして、お客様がおしゃれに興味を持ったり、デートに出かけたり、前向きな気持ちになってほしい。そのための訪問カットだと考えています」
どうやら、予定より落ち着いたトーンのカラーに決定したようです。普通に会話をしながら、カットして落ちた髪を手早く片付け、染料を準備するリエさん。今回は撮影のために外してもらいましたが、免疫力が弱いお客様も多いので、通常はマスクも着用するそうです。
施術で気をつけるポイントを確認しつつ、作業は短時間で
訪問カットでのカラーリングは、サロンの時以上に地肌がデリケートなケースも。
「刺激に対する抵抗力や免疫力が弱いお客様が多いので、できるだけ地肌に染料をつけないように気をつけます。またカラーリングの刺激は髪への浸透時間中でも強まっていくので、常に声がけをして辛そうならすぐに中断できる準備もしています」
全体にカラーリング用の染料が塗布し終わると同時に、片付けを始めるリエさん。障害をお持ちの方達にとって長時間体勢をキープするのは、身体的に大きな負担。今回のように重度の障害を持ったお客様の場合、カラーリングの染料を流す作業は介護士(ヘルパー)さんの入浴作業と連動して行われるケースもあるのだそうです。
「最後の仕上げまでできないのが心残りですが、これもお客様の負担を減らすため。また次回にカットの感想を聞くことができますし、それもまた訪問するときの楽しみにもなっています」
最後に、訪問カットに対してリエさんに意見を聞いてみました。
「美容学校を卒業してすぐに『訪問カット』をする人は、まずいないと思うんです。全部自分で時間をかけずにこなさなければいけないので、それなりの経験を積まないと苦労するかもしれません。それでも多くの人と出会い、自分のカットで喜んでいただける。そこには通常のサロンのお客様と訪問カットのお客様に差はありません」
今後、ますます需要が増えることが予想される訪問カット。美容・理容の新しい働き方として挑戦してみたい方が1人でも増えてほしいとリエさんは願っています。
Profile
酒井理恵(Sakai Rie)
短大卒業後、下着メーカーの企画室で3年勤務。しかし自分のやりたいことを見直しアルバイトをしながら美容専門学校に通う。恵比寿や代官山のサロンに3店舗勤務しスタイリストに。現在では10年以上の経験と人脈を活かし、フリーランスとして代官山のサロンでカットしながら訪問カットをも手がける美容師。
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