自律神経失調症、離婚。自信と癒しをくれたのは、お客様の髪に触れる瞬間【美容師 小林英幸さん】♯2
東京・代官山で美容室「KLAUS」を20年にわたって経営している美容師・小林英幸さん。前編では、美容の道に入ったきっかけや、独立に至るまでの歩みについて伺いました。
後編では独立後について伺います。
感性を武器に人気美容師として駆け上がっていった小林さん。順調に見えるキャリアの裏で、21歳から自律神経失調症と向き合い続けていたといいます。
さらに独立後は、成功の裏で人間関係や私生活のバランスを崩し、自分自身を見失っていた時期もあったそうです。
そんな経験を経て、改めて自分の人生と美容に向き合うようになった小林さん。美容師としてお店に立ち、お客様の髪に触れる時間が、自分自身を癒やし、自信を与えてくれていたと振り返ります。
今回、お話を伺ったのは…
小林英幸さん
「KLAUS」オーナー/ヘアスタイリスト

高校卒業後、音楽系の専門学校に進学し、ミュージシャンの道を目指す。24歳のとき、メイクアップアーティストの松浦美穂さんのもとで、ヘアメイクの修行をスタート。働きながら、美容師免許を取得する。その後、雑誌に掲載されたスタイルが話題を呼び、人気美容師に。30歳だった2007年に独立し、東京・代官山に「KLAUS」をオープン。独自のカット理論をもとにしたレイヤースタイルを得意とし、多くの顧客から支持を集めている。
成功の裏で見失った自分。30代前半でのリスタート

――美容師としての人気が出て、「勘違いをしていた時期もあった」ということでしたが、どのあたりからそのことに気付き始めたのですか?
プライベートな話になりますが、一番大きかったのは、32歳のときに離婚を経験したことです。離婚にはさまざまな理由があったと思いますが、美容師として成功をつかんで世界が変わってしまったことが大きかったと思います。
実は僕は21歳のころから自律神経失調症を患っていて、電車や飛行機、人混みではパニック症状が出ることも多かったんです。美容師として成功することで、自分の自信を徐々に取り戻していた最中でもありました。
そんな不安定な自分を支えてくれていたのが、当時の妻、そして周りの人たちだったんです。それなのに、成功して環境が変わり、自分自身も変わってしまった。本当に申し訳ないことをしたと思っています。
――そんな過去があったのですね。
ええ。そこで離婚後は、自分を見つめ直したんです。改めてこれまで支えてくれた方の存在を思い返し、感謝を胸にしました。車も売り、仕事も生活に対する態度も改めようと考えたんです。
そのとき、自分の美容の軸となったのが「KLAUS」を「ホリスティックビューティー(包括的な美)」を体現できる、オーガニックサロンとしてリスタートさせることでした。
元々、松浦さんが日本のオーガニック美容のパイオニア的な存在だったこともあり、クリエイションの現場でオーガニック製品が使われるのを間近で見ていたんです。
そのときからオーガニック商品には単に髪をきれいにするだけでなく、心を整える役割もあるのではないかと感じていました。
ただ独立後、契約の関係で松浦さんが使っていたオーガニック製品を導入することはできず。その後、2007年に友人の紹介でジョンマスターオーガニックに出会い、日本1号店として導入を始めたんです。
――現在はオーガニック商品の開発も行っているということですね。
はい。「化粧品製造販売業許可」を取得して、今ではニューヨーク発の「Amikole(アミコレ)」というオーガニック商品の開発も行っています。
スタイリストのソニア・パークさんが手掛ける「Arts & Science」とのコラボや、「Zoff」の姉妹ブランドにおけるアイクリームの開発、「TRUNK(HOTEL)」の客室用マッサージ製品の開発・提供など、サロンワーク以外の分野にも取り組んでいます。
どんなお客様も同じ早さで切れなければ、プロとはいえない

――独立後、技術面での変化はありましたか?
それまではカットに関して感性だけを頼りにしていたのですが、独立して改めて「理論が必要だ」と気づきました。
感性だけだと、お客様によって施術時間が変わってしまうんです。10分で終わる方もいれば、30分、1時間とかかる方もいる。それはプロの仕事ではないと思ったんです。
どんなお客様でも、ある程度同じスピードとクオリティで仕上げなければいけないと考え、自分のカットをもう一度見直して研究を重ねました。
――どのようにして、理論を身につけたのですか?
大きかったのは、ニューヨークの「ジョンマスターオーガニック」のサロンで、年に4回ほどカットをさせてもらっていた経験です。「KLAUS」が「ジョンマスターオーガニック」の日本1号店だったこともあり、そのつながりで、現地のサロンでも自由にカットをさせてもらえる環境があったんです。
ニューヨークで何度か切らせてもらっているうちに、現地はとても乾燥している気候で、さらにドライカット文化があるので、日本と同じ切り方だと髪が軽くなり過ぎてしまうと気づきました。
そこで、髪と重力の関係について強く意識するようになったんです。
――髪と重力の関係。面白いですね。
髪の量が多い人は重力の影響を強く受けます。同じ髪型を目指していても髪質と受けている重力によって切り方を変え、そのプラスマイナスをゼロにしていく感覚ですね。
日本とは異なる環境でのカットを経験したことにより、「重力に逆らうのがカット」という独自の理論を確立することができました。
あとは人間の顔の骨格に対する法則。耳や目など顔の骨格に対して、どこで髪を切るべきかという法則も、少しずつ見えてくるようになりました。ここでカットの理論を確立できたことで、カットのスピードも上がりましたし、のちのち入ってきたスタッフに教育する際にもとても役立ちました。
評価は自分が生きてきた記録のようなもの

――最初は、そこまで美容の仕事に興味がなかったとおっしゃっていましたが、美容師としてキャリアを積むなかで変化はありましたか?
大きく変わったのは、やはり30代前半ですね。プライベートでもいろいろなことがあって、自分自身を見つめ直していた時期に、美容の仕事は自分をケアしてくれる存在でもあるんだと感じるようになったんです。
嫌なことがあったり、自分がブレそうになったりしたときでも、お客様の髪に触れている時間だけは余計なことを考えずに集中できました。
美容師の仕事はお客様を癒やすこともできますが、同時に自分の心を支えてくれたと感じています。
――どんな部分に支えられていたのでしょうか?
人から評価を得られたことは大きかったと思います。指名してくださるお客様というのは、自分を評価してくれた、ある意味自分のファンだと思うんです。つまり自分が作ったものに対して、誰かが心を動かしてくれたということ。
音楽でも美容でも同じで、自分の表現を評価してもらえるって、すごくうれしいことだと思います。評価は自分が生きてきた記録のようなものですから。
僕には大した学歴もありませんし、自分に自信があるタイプでもありませんでした。でも美容の道で経験を積んで評価を得られるようになり、自分がやってきたことは間違いではなかったと思えるようになったんです。
お客様や家族、仲間の支えもあって、不安定だった自分のなかに、少しずつ安定と自信を見出してきました。
キャリアを積むほど、家族以上に長く付き合うお客様も増えてきて、美容師の仕事の楽しさをより感じるようになりましたね。この仕事を手放すことは考えられません。
順風満帆に見えた美容師人生の裏で、さまざまな壁を経験してきた小林さん。
そんなとき、いつも支えになっていたのが美容の仕事だったといいます。お客様の髪に触れ、喜んでもらう。その積み重ねが、小林さんに少しずつ自信と安定を与えていきました。
「誰かのために」と仕事に本気で向き合うことは、結果として自分自身を支えることにつながるのかもしれません。
2026年4月には、「KLAUS」の1階部分をシェアサロン「suu 代官山」へとリニューアルさせた小林さん。変化を恐れず挑戦を続けるその姿勢は、これからも多くの人に刺激を与えてくれそうです。
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KLAUS(2F)
suu 代官山(1F・シェアサロン)
住所:東京都渋谷区鉢山町7-28
TEL:03-3770-0702
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