介護の扉 No.2 株式会社舛添政治経済研究所 所長・舛添要一(中編)
厚生労働大臣、東京都知事などを歴任した株式会社舛添政治経済研究所・所長の舛添要一さんをゲストに迎えた、「介護の扉」の第2回。今回は、国政・都政の現場で介護の世界を見続けてきた舛添さんに、日本の社会福祉制度のこと、そして介護職が抱える問題やキャリアパスなどについて、伺いました。
北欧の国々の社会福祉制度は「税金という名の貯金積立」
——日本の社会福祉制度を今以上に充実させるためには、どのようにしたらよいのでしょうか?
社会福祉を充実させて経済を回すためには、どうしても財源が必要になります。日本は現在、所得の再配分で社会保障費を支えていますが、その配分に対して不満の声があるのも事実でしょう。
例えば、北欧のスウェーデンやデンマーク、フィンランドなどの消費税は25%です。しかし、多くの国民は不満を抱いていませんし、個々が貯金しているわけでもなく、金銭的な余裕があるかというと、そうでもない。ただし、自分がケガや病気で倒れたら1円も出さなくて済む社会福祉制度が整っています。つまり、個人で貯金をしない代わりに、政府に「税金という名の貯金積立」をしているということですね。
政府に対する信頼や国の規模の大きさなどの問題があるので一概に比べることはできませんが、そもそも社会保障は社会全体の助け合いの精神から成り立っています。みんなで社会を支える原資をどこから引っ張ってくるのか、それは議論の余地がありますが、では介護にかかる費用を個人でまかなえるだけの余裕のある家族が日本にどれだけいるのでしょうか? そう考えると、北欧の国々のような制度はありかなという気はします。
——「政府に貯金をする」という発想は現在の日本にはない考え方ですね。10月から消費税が10%に上がりますが、この影響はどう見ていますか?
短期的に経済は悪くなると思います。ただし、先ほど挙げたような消費税25%の国々が日本よりも経済が悪いのかというと、そうではありません。一人当たりのGDPは日本よりはるかに高いんです。自分が病気になろうが家族が認知症になろうが心置きなく仕事ができる。この状況が社会心理の安定をもたらし、経済を良くしているといえるでしょう。
今年の6月はじめ、金融庁の報告書が話題になりましたね。「老後資金は2000万円不足」という予測の部分だけが取り上げられ、国民に不安が広がりました。「ちょっと待てよ。現役世代のうちに2000万円貯めておかなきゃいけないから、ブラウスを1枚買いたかったけどやめておこう」。これはあくまでも一例ですが、このように思ってしまう人が増えると、洋服屋さんの経営が傾いてしまいます。
「国の社会保障制度は経済を良くするためのもの」。この認識がもっと日本には必要なのではないかと思いますね。
——それこそ、若いうちに交通事故にあって保険のお世話になることは誰にでも起こりうることですよね。今自分が社会保障制度を利用していなくても、人のために使われることに対する寛容さが足りていないのかもしれません。
景気がいいと不満は出ないんですよ。昔のように好景気で、給料が安定して上がっていけば、税金や保険料を払うことに抵抗はありません。給料が上がらないのに税金や保険料が増えて、実質の収入が目減りしてしまうのは、誰でも嫌でしょう。やはり、経済と社会保障のバランスですね。だから、より良い社会保障の一つとして介護を提供するためには介護士の社会的地位を上げ、給料も増やさなければなりません。
現在の介護職の問題は、安い給料と不明確なキャリアパス
——現在の日本の介護職について、どういった問題があると思いますか?
介護士の問題は、2つあります。1つは皆さんご存知の通り、給料が安いこと。もう1つはキャリアパスがはっきりとしていないことです。一般的な組織や会社には係長・課長・部長などの役職がありますが、介護士はそのような役職が少なく、出世の階段もわからないため、ライフプランが立てにくいんですよね。
厚生労働大臣のとき、この2つの問題を解決するために介護職のためのファンドをつくりました。ファンドにお金を集めてまず賃金を出せるようにしたので、今は恒常的に給料を上げられるようになったと思います。また、介護士として何年か勤めるとグレードが上がる制度もつくりました。昔に比べたら介護士の待遇はだいぶ改善してきていると思いますし、これからも良くなっていくでしょう。
——介護士は体力が求められる場面もありますよね。長く勤められるような給与体系になっても体力が続かなくてやめてしまうケースにはどう対応したらいいのでしょうか?
確かにきつい仕事ですよね。いろいろな解決策があると思いますが、1つは体力がいる場面はロボットに代えることでしょうか。「きつい」が減るだけでもかなりの改善になると思います。これを実現するには介護ビジネスの分野でのイノベーションが必要ですし、そういった企業を政府が応援しなくてはいけません。そのためには、経済の全体の底上げが必要になりますね。
経済を回すために介護士の人たちは絶対必要。だから、社会的地位を上げる必要がある
——ずばり、小学生のなりたい仕事に介護士がランクインするためにはどうしたらいいと思いますか?
社会的評価に尽きると思います。「お父さん仕事は何をしているの?」「介護士だよ」「それはすごいね」とみんなが言い合う社会をつくることです。
私の率直な意見を言うと、社会的な評価は国民一人ひとりに責任があると思います。年をとれば誰でもお世話になる人たちが介護士であり、社会経済の循環を回すために必要不可欠な役割を持った職業です。介護保険が始まってまだ20年ほどですから、介護士の歴史は看護師に比べるとまだ浅い。なので、これから社会的地位が上がる余地はありますし、社会的地位を上げるために介護士に対する認識を国民全員が変えなければなりません。
——これから介護が必要になる方はどんどん増えるわけですし、歴史的に浅いということは、ある意味可能性の高い分野だといえるのでしょうか?
そうですね。改善の余地も多いですし、新規ビジネスの参入余地もあるでしょうね。これから団塊の世代が後期高齢者に突入するので必要性は非常に高まっていますし、いい意味で変化せざるを得ない状況になってきています。
介護士のアドバンテージとして、身の回りの人や家族に介護が必要になったとき、とても心強い助けになれます。初期の認知症の症状に気づいてあげられれば、進行を止められる可能性もありますよね。これからさらに外国人労働者が参入してきますが、そこでも日本人のアドバンテージを生かして良い方向に働き方を変化させていくチャンスがあると思います。
介護保険制度によって要介護者がいる家族の負担は軽減し、心置きなく自分の仕事をすることができます。介護のために仕事を辞めれば、給料が入らなくなる。そして、家族みんなが生活できなくなり、「これから先、どうしよう……」となったときに生活保護に頼れば、さらに社会保障費が重くなります。なので、介護は介護士に任せて家族は愛情を注ぎましょう。ロングステイしている親に家族は会いに行き、「お母さん、元気?」と話かけてあげる。そうやって定期的に元気づけることを忘れず、自分たちは自分たちで仕事に専念すれば、経済の良い循環を生み出すことができます。そのような経済を回すためには介護士の人たちは絶対必要だし、社会的地位をもっと上げる必要があると思いますね。
小学生から「介護職に就きたい!」と声が上がる日本にするために私たちが現在できることは何なのでしょうか? そのヒントは、次回の最終回で舛添さんが語っていただいた「コミュニティ」「データとエビデンス」にあるかもしれません。
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