海沿いに開業。ここでしか出せない「海っぽさ」を追い求めて【LaidBack オーナー 西田泰祐さん】#1
鎌倉市・由比ヶ浜沿いに構えるビーチ系ヘアサロン「LaidBack」。オーナーの西田泰祐さんは、予定していた地元・広島での開業を白紙に戻し、湘南の海沿いに同サロンを構えました。「勢いで踏み出した」と話す西田さんですが、サロンブランディングは緻密に行い、湘南でしか出せない「海っぽいスタイル」を追求。
前編では、海沿いにサロンを構えるまでの長い道のり、「海っぽさ」を出すために試行錯誤したお話をお聞きします。
教えてくれたのは…
「LaidBack」オーナー 西田泰祐さん
広島県出身。表参道の有名店で6年働いたのち、鎌倉市に移住。フリーランス美容師として2年間湘南で過ごし、いったん広島に帰郷。その2年後、再び湘南に戻り「LaidBack」を開業。ビーチ系スタイルの発信に力を入れるとともに、撮影グループ「mellows」を主宰。
自分の好きなように暮らす湘南の人々に衝撃を受けた
――都内の有名店で働かれていたそうですが、地元・広島に戻るつもりでいたのですね。
両親との約束だったので。高校2年のときに美容師になることを決めたのですが、中高一貫校の進学校に通っていたこともあり、両親にめちゃくちゃ反対されたんですね。「だったら自分でお金を稼いで勝手に東京に行ってやる」とバイトをして100万円を貯めました。後日、親の目の前に100万円を並べてもう一度説得。ようやく親もあきらめ、「ゆくゆくは広島に帰ってくる」という条件付きで許してもらったんです。地元を離れることを許してくれた両親には感謝しかありません!
そういう経緯で美容師になったので、東京での生活はかなり過酷でしたが、一度も辞めたいとは思いませんでしたね。「都内の有名店でスタイリストをやっていた」という実績をひっさげて地元の広島で開業しようという狙いもありました。結局、5年目でスタイリストデビューをしたとき、広島に戻る目処が立ちました。
――もともとは地元・広島で開業する予定が、なぜ鎌倉に…?
退職するまでの引き継ぎ期間にわりとお休みをもらえたので、湘南にふらっと出かけてみたんです。江ノ島の海沿いを歩いていると不動産屋があり、表に出ている物件チラシを見ていたら、中から店員さんが出てきて「海沿いの物件を探してるの? 良かったら内見する?」と言われ、断るのも気まずかったので見に行くことになって(笑)。
七里ヶ浜の高台にある物件を見に行ったとき、180度オーシャンビューの景色に感動して「ここに住みます!」と勢いで言っちゃったんです(笑)。親には「湘南に住むことになったから帰れなくなった」と説明し、七里ヶ浜に引っ越しました。
――すごい急な路線変更ですね(笑)。では、働き口も現地で探し直したのですか?
都内でかなり忙しく働いていたので、こっちではもっとゆったりと働けるサロンが良いなと思い、当時としてはまだ珍しかった業務委託をやっている藤沢市のサロンに就職しました。
そのとき、結構カルチャーショックを受けたんですよね。自分で自由にシフトや休日を決めることができ、こんなにラフな働き方があることがまず衝撃でした。そして、この辺りの人たちは良く言えば楽観的だし、自分の好きなように生きている人たちが多くて。そんな生き方が面白いなと思ったし、「本人が幸せなら、こういう暮らしもありなんだ」と考え方が一気に変わりましたね。
――湘南ならではのライフスタイルに魅せられたのですね。
オフシーズンは美容師としてみっちり働き、夏になったら美容業は週3くらいに抑え、海沿いのカフェなどでアルバイトをしていました。花火大会には10個くらい行きましたし、町内会のお祭りも20個くらい行ったかな(笑)。サーフィンをはじめたのもその頃。
2年間、超自由に働き、いつか観たドラマ『ビーチボーイズ』みたいな暮らしができたことに満足し、28歳で広島に帰ったんです。
――結局、広島に戻られたのですね。湘南での暮らしからガラリと変わったのでは?
広島では個人サロンで働いていましたが、湘南での暮らしが良すぎたこともあり、やっぱりちょっと違和感を抱いていました。あと、海がない生活が自分の中ではもう考えられなくなっていて。湘南にはカルチャーが根付いていて、お洒落なお店もたくさんある。一方、広島はレジャー海ではなく、雰囲気が全然違ったんですよね。なんか物足りなくて、やっぱり湘南でお店を出したいなと。
そこで、また両親を呼んで家族会議です(笑)。「結婚の報告か!」と期待していた父親をよそに「もう一度湘南に戻り、お店を出したいと思ってる」と本当の気持ちを伝えました。そうしたら意外にも背中を押してくれたんです。
広島のサロンで2年間働いて開業資金を貯め、また湘南に戻ってきました。大船のサロンに1年ほど勤めたあと、「LaidBack」を立ち上げたんです。今年で8年目になります。
「海っぽい」スタイルを研究し、技術も一から学び直し
――開業するにあたり、まずはどんなことから準備しましたか?
ブランディングからです。雑誌や大手クーポンサイトを見たときに、当時、この辺りには海っぽいスタイルを打ち出しているサロンがほとんどなく、コンサバスタイルばかりだったんです。
僕はそこに目をつけ、せっかく湘南にお店を出すならゴリゴリに海っぽいテイストにしようと思って。内観も外観も、打ち出すスタイルも全て。「ビーチ系サロン」にした方が当たるだろうなと考えました。
となると、お店を構える場所もかなり重要だなと。海から離れるほど家賃は下がるのですが、海沿いでなければ説得力がない。海の目の前にあるからこそ発信がささるのだと思ったんです。だから、国道134号線沿いしか狙っていませんでした。足を使い、現地の不動産屋をめちゃめちゃ周ってやっとこの場所を見つけたんです。
――打ち出すヘアスタイルも「海っぽい」テイストに変えたとのことですが、具体的にはどんな風に?
コンサバスタイルしかやってこなかったので、何をどうしたら海っぽくなるのか最初はわからなくて…。湘南の雑誌やサーフカルチャーの動画などをたくさん見て、「何が違うのか」を研究するところからはじめました。
濡れた質感、外国人のようなラフなうねり、潮焼けした毛先の脱色具合、パラパラッと入ったハイライト。オープン当初はその技術がほぼなかったので、勉強し直しました。
――ゼロからの学び直しだったのですね。
誰かがやっていることをやっても面白くない。それよりも、新しいことをやる方が絶対に面白いし、わくわくするんですよね。2択で迷ったときは「わくわくする方」を選びます。それが僕の基準。その積み重ねで長続きするのだと思うんです。
――サーファーのお客様も多いとのことですが、施術時に気をつけなければいけないことも変わってきますか?
例えば、色をしっかり入れても海に入れば結局抜けるのであまり色を入れたくないという人もいれば、海から上がったときに前髪が張りつくのが嫌だから前髪をつくりたくないという人もいます。
「その人のライフスタイルに合わせた提案を」と美容師はよく言いますが、サーフィンをやっている人にこそまさに必要で。「きれいに仕上げたいから」という美容師のエゴで提案するのではなく、本当にお客様のライフスタイルに合わせることが大事になります。
――「海っぽさ」を打ち出し、お客様の反応は?
この外観なので、来店されるお客様はビーチ好きな人がほとんど。コンサバ系を好む人はまず来ません。なので、こちらの提案もハマりやすいし、リアクションも良くなりますよね。来店時にすでにふるいに掛かっている状態なんです。
こちらがブランディングをすればするほど、お客様もそれに合う方がいらっしゃるし、長続きするのかなと。今は、オールマイティのサロンよりも特化型のサロンでなければ難しいと思っています。
海沿いにお店を出す場合、商売圏の半分が海になるわけなので単純に集客数は半減します。だからこそ、ブランディングをしっかりしていなければ難しいんです。
湘南の海に惚れ、勢いで「現地の人」になった西田さん。商売の広げ方、人との関わり方にも地域愛が現れています。後編では、地域密着の重要性と、湘南の美容を盛り上げていくという西田さんの計画について伺います。
取材・文/佐藤咲稀(レ・キャトル)
撮影/喜多二三雄