お客様の来店から退店まで自分で対応したい。芽生えた思いを出産を機に実現【美容師 平野愛さん】#1
子育て中のママスタッフで構成されている、表参道の一軒家サロン「madder」。そこで美容師として働く平野愛さんも、3歳の女の子のママです。出産前は別の美容室でサロンワークに励む傍ら、ヘアメイクとして雑誌やヘアカタログなどでも活躍されていました。
前編では、人気美容師としてバリバリ働く中で徐々に起こった心境の変化、結婚や出産のお話、madderで働くことになったきっかけなどをお聞きしました。
お話を伺ったのは…
madder(マダー)
スタイリスト 平野愛さん
日本美容専門学校卒業後、20歳で原宿の人気サロンに入社。24歳のときにスタイリストデビュー。20代の終わり頃に同サロンの表参道店に異動し、2020年まで在籍。出産後、2021年4月から「madder」で美容師として復帰。現在は3歳の女の子のママとして子育てに奮闘しながら、仕事面ではひとりひとりのお客様とじっくり向き合うパーソナルな働き方を実現。
30代に入り、パーソナルな働き方への思いが高まる
――まず、美容師になりたいと思ったきっかけを教えてください。
高校3年生の夏休みに東京に遊びに来たとき、美容師さんからカット練習のモデルになってほしいと誘われたんです。そこで興味を持ち、「美容師になりたいスイッチ」が入りました。千葉の田舎の方に住んでいたので、東京への憧れもあったと思います。
高校が進学校だったので大学進学が普通という環境で、私もそのために塾に通ったり夏期講習に参加したりしていたのに、突然の進路変更。親はびっくりしていましたね(笑)。美容専門学校の情報をほとんど知らず、担任の先生に教えてもらった学校にすんなり決めました。
――最初に勤めたのは、原宿のサロンだったそうですね。
場所柄、若いお客様が多いサロンでした。ホットペッパーで新規客を集めたり、指名のお客様も増やしたりと、とにかく顧客をたくさん獲得するのがそのお店でのやり方。特に下積み時代は集客にストイックで、がむしゃらで、挫折も楽しい思いもいろいろ経験しました。
20代の終わり頃に、同じサロンの表参道店に異動しました。自分自身の年齢も上がっていたし、客層も原宿店より少し大人の雰囲気。ターゲットが異なるので価格設定も違うし、提案するスタイルもガラッと変わりました。集客サイトを使わず、雑誌の撮影やSNSでの発信でお客様をつかむというやり方も、大きな違いでした。
売上は順調に伸び、とてもやりがいのある毎日でしたが、自分とお客様1対1でパーソナルな働き方をしたいなという思いが徐々に芽生えてきたんです。
――なぜ、そう思ったのでしょうか。
はじめはアシスタントがいない状態でスタイリストデビューして、売上が立つまではほかのスタイリストの手伝いもしながら、自分のお客様を増やしていく。そのときは、何から何まで自分で頑張ってやっていたわけです。売上が上がると、アシスタントを使わせてもらえるし、アシスタントを育てるという仕事もさせてもらうことになります。ありがたいことなのですが、実は私はそれが下手で…。
アシスタント任せにできず自分でやりたくなってしまうし、お客様と話すのも大好きだし。アシスタントがいれば予約を詰めることができますが、話の途中で別のお客様のところに行くことになるので、葛藤がありました。
いずれは来店から退店まで自分で対応できたらいいなと思うようになったタイミングで、妊娠・出産や会社の体制変更、新型コロナウイルスの蔓延…と、いろいろなことが重なったんです。
同業のパートナーと結婚し、妊娠中にサロンを退社
――忙しく働く中で、結婚や出産についてどのように考えていましたか。
若い頃から、結婚願望や将来的に子どもを生みたいという気持ちはありました。予定としてはもっと早く結婚・出産するつもりでしたけど、アシスタント時代は忙しすぎて誰かと出会う機会もなく…。出勤日はサロンワークに加えて朝晩の練習会、休日はモデハン(モデルハンティング)や撮影をして。美容師仲間と飲みに行くことはあっても、なかなか恋愛に対してのキャパシティはなかったですね。
――パートナーと出会い、結婚したのはいつですか。
出会ったのは26歳のときで、原宿のサロンでスタイリストとして働いていた頃です。当時、女性美容師の友人とルームシェアをしていたのですが、その子に紹介してもらったのがきっかけ。相手は同い年の美容師だったので話しやすいし、気が合ったので自然とおつきあいすることになりました。
友人とのルームシェアは2年の期間限定だったので、ルームシェア終了後から同棲を始めました。相手は「スタイリストランクがひとつ上がったら結婚したい」と言っていたので、それを待って30歳のときに結婚しました。
――妊娠したとき、その後の働き方について考えたことは?
2019年の9月くらいに妊娠がわかったのですが、翌年の2020年は新型コロナウイルスの流行が始まり、これまで経験したことのない事態になりました。それでも、当初は出産後も同じサロンで働こうと思っていたんです。サロン側からも、「時間に融通が利くようにフリーランスのような働き方にしたら」と言ってもらったので、それができるなら復帰したいなと。
ところが、社長の交代などでが状況が変わり、望んだ形での復帰が難しくなってしまいました。自分の理想の働き方が見えてきたときでもあったので、このタイミングしかないと思い、サロンにも気持ちを全部伝えて、退社することにしたんです。
元同僚の引き合わせがmadderで働くきっかけに
――madderで働くことになった経緯を教えてください。
前のサロンで一緒に働いていたネイリストさんに話を聞いたのがきっかけです。その人も妊娠のタイミングで退社して、出産後にmadderで復帰していました。家が近く、子どもの年齢も1歳差くらいなんですよ。
私は臨月でたくさん歩くように言われている状態で、彼女は保育園の休園で子どもを預けられない時期。子どものストレス発散のために公園に行くと言うので、一緒に散歩していたんです。そのときに、産後の働き方で悩んでいると打ち明けたら、「今働いているところ(madder)で、いい人がいればスタイリストをひとり入れたいと言っているよ」と。それで、ぜひ紹介してもらいたいとお願いしました。
――すごいタイミングとご縁ですね!
知り合いがいるので安心感があるし、madderに入りたい気持ちは大きかったですね。ネイリストと美容師では少し違うかもしれませんが、どういう風に働いているのか、自由度はどれくらいかなど、事前にいろいろな話を聞くこともできました。madderオーナーの板垣さんも2児のママですし、子育ての経験があるスタッフしかいないので、やはり理解度がとても高いというのも魅力でした。
――実際にmadderで復帰したときは、どう感じましたか。
1年近く休んだので、子どもの慣らし保育後に急に復帰するのは私自身が無理かもしれないと思いました。それで、正式な復帰は2021年4月なのですが、2月くらいからリハビリ的に働かせてもらうことにしたんです。夫が休みの日に子どもを見てもらい、長年おつきあいのあるお客様や友人に連絡してサロンへ来ていただきました。
案の定、パーマを巻くのも遅くなっていたし、カラー剤の配合もパッと計算できなくなってしまっていて。シャンプーは今までアシスタントに任せていたので、最初はスピードが遅かったですね。週1ペースでひとりかふたりのお客様を施術するという準備期間をつくったことで、正式復帰後はとてもスムーズでした。
そういった相談もできましたし、みんな子育て経験者だから、この時期は何がどう大変かというのもわかっているので心強かったです。
さまざまな要因が重なり、10年以上勤めたサロンを出産前に辞めた平野愛さん。出産後は縁あってmadderに入社し、マンツーマンでお客様を担当するパーソナルな働き方にシフトしました。
後編では、仕事と子育てのペースをつかむまでのお話や、madderでマンツーマン施術を行なうようになってからの客層や売上、ママ美容師として大切にしていることなどをお聞きします。
撮影/喜多二三雄
取材・文/井上菜々子