鉄道会社社員と美容師。どちらも経験したからこそ見えた自分の願い 私の履歴書 【ヘアスタイリスト JOYさん】#2
駅周辺の開発が進み、高い利便性から住み良い街として注目を集める千葉県の「流山おおたかの森駅」。こちらを最寄駅とするヘアサロン「idea(イデア) 流山おおたかの森」で幅広い年代の方々の髪を預かるJOYさんは、やや異色の経歴をお持ちのヘアスタイリストです。
人生とは、何があるかわからないもの。美容師の道を志しその夢を叶えながらも、ひょんなことから大手鉄道会社へ転職することとなったJOYさん。しかし自分の気持ちに嘘はつけず、週1で美容師として働き、ダブルワークを始めることになります。
後編では、鉄道会社での日々や仕事を掛け持ちしたからこそ鮮明になった自らの願い、そして現在のJOYさんの仕事観などをお伺いします。
大手鉄道会社の社員と美容師との、二足の草鞋を履く日々
――ひょんなことから始まったダブルワーク生活ですが、大手鉄道会社では、どのような仕事に従事していましたか?
分類としては総合職になりますが、工場に勤務し、電車を構成する部品のメンテナンスを担当していました。鉄道会社では安全を期すべく、点検のため、定期的に車両の部品が工場へ送られてきます。その部品を洗浄・分解し、交換、組み立て直して動作確認した後、車両へ返すまでを行っていました。
人員の振り分けには班制度が採用されており、僕は戸締まりに関する機械や部品を担当する班に配属されていました。
――そこでの日々は、どのようなものでしたか?
この仕事の場合、忙しさは班が担当する部品によってまちまちになるんです。大型の部品を扱う班は忙しくなりますが、僕の所属班は部品のサイズが小さいものが多く、あまり忙しくありませんでした。
そんな状況もあって、業務自体よりも同僚とのコミュニケーションや、職場環境を整えるために工夫することなどを楽しんでいました。例えば、整理されていない工具類を分類して、しまいやすく取り出しやすい工具箱を手作りする、といったような。こういったことを喜んでくれる人もいて、それも僕はうれしかったんですよね。
また、工場はいくつかあって、業務の一環として他の工場に見学に行くこともありました。正直に言ってしまうと特に電車に興味があったわけではないですが、自分の担当ではない他の車両を観察するのは勉強にもなったし、それなりに面白さは感じていたと思います。
――週に一度のサロンワークは、いかがでしたか? 体力的にも大変だったのでは?
美容師の仕事は僕の好きなことでもあり、趣味のような感覚でやっていた部分もあったので、全く苦じゃありませんでした。
こちらは土曜日を中心に、時々日曜日も入ることすらあったくらい。鉄道会社に勤務する以前から指名してくれていた方々も、僕の勤務時間に合わせて来店してくださり、ありがたかったです。平日の仕事とは業務内容も全く異なるので、気分転換にもなっていたかもしれません。
「自分にしかできない仕事がしたい」美容師としての再始動を決意
――鉄道会社員と美容師とのダブルワークは、どのくらい続いたのでしょうか?
そうですね、5年半くらいかな。
――そんなに長かったのですね! そこから、美容師の道に戻るに至ったきっかけや経緯を教えてください。
一番の理由は、自分がこの会社に必要とされていると実感できなかったからです。
実は、鉄道会社で僕が従事していた仕事は資格などが特に必要なく、誰でも変わりが効くような単純作業も多かったんです。こういったことも最初は気楽に感じられましたが、だんだんと「やりがいがないかもしれないな」と感じるようになりました。
また、鉄道会社の上司を間近で見ていて、どうしても「こうなりたい」とは思えなかったのももう一つの理由です。勤め先の職場の上司の姿って、もしかしたら、未来の自分の姿かもしれないな、と。そんな気持ちを募らせていた最中、ある出来事がありました。
――その出来事とは?
ある時、上司から「何か新しいことをやってほしい」という話をもらったんです。そこで、社内では前例のない新しいことを自分なりに考えて、紙の資料だった仕事のマニュアルを落とし込んだ動画を制作しました。しかし、上司の反応がとても薄く、その動画を全く活用してもらえないどころか、フィードバックすらなかった。
――そんなことがあったのですね…。
期待してもらえたのがうれしくて、時間もお金もしっかりかけて気合いを入れて取り組んでいたので、正直ショックで…。会社に必要とされていないことを強く実感するのに、自分にとっては十分な出来事でした。
一方で、ヘアサロンにおける担当者の指名には代わりがいません。美容師の仕事も苦労することがないわけではありませんが、お客様の反応を直に感じられることから、僕はやりがいを感じていました。
きっと僕は、誰かに必要とされることを直接的に感じたいんだと思います。そんな、心の奥底にあった自分の願いに気がついたため、僕は鉄道会社を退職し、美容師として再始動することを決めました。
感動や喜びを通じて、「誰かの人生の一部」になりたい
――鉄道会社を退職後は、週1で通われていたヘアサロンへ戻られたのでしょうか?
それが、そちらのサロン、実は家からやや遠くて…。週に1度ならそこまで気になりませんでしたが、毎日となると少しきついなと感じていました。加えて制服だったこともあり、服装の規定も多く、せっかく心機一転するのだからもっと個性を出せる自由度の高いサロンで働きたいとも思いました。
ということで、もっと通いやすいエリアの範囲内で転職活動をすることにしたんです。美容師専門の転職エージェントに登録して、転職先を探し始めました。
――そこで出会ったのが、現在のヘアサロン「idea 流山おおたかの森」だったのでしょうか?
そうです。転職の候補先はいくつかありましたが、ここはサロン側からのオファーだったこともあり、特に強い興味を持ちました。流山おおたかの森という立地も通いやすい範囲内だったので、早速見学に行くことにしたんです。
実際この目で見てみて、サロン自体も素敵な雰囲気で、率直に「いいなあ」と思いました。また、この時に対応してお話もしてくれたこの店舗のオーナーさんが、特に印象に残っています。
――そのオーナーさんは、どのような方だったのですか?
一言で言えば「熱い人」、そして僕ら美容師のことをとても考えてくださっている方です。
美容師の仕事は、ともすると早朝から深夜までの長時間労働になりがちなこともあります。実際に外から見て、そのような印象をお持ちの方も多いでしょう。
しかし、ここのオーナーは労働時間の管理にかなり配慮されている印象を受けたました。なぜなら、見学時の説明の際に「労働基準法」って言葉を8回くらい使っていたんですよね。僕、つい数えちゃったんですけれど(笑)。もちろんこれだけではありませんが、ここで働くことに対して、なんとなく安心感を覚えました。
それに、オーナーと話していて「この人についていきたい」とも思った。この見学の後、すぐにここへの入社を決めました。
――かなりスムーズに決まったんですね!
はい。やはり、美容師という手に職のある仕事は強いと実感しました。
また、入社してここで働き出して、今ではそのオーナーが「この人のようになりたい」と思える上司になりました。実際にとても働きやすいし、ここに決めて良かったと心から思っています。また、当面の新しい目標も見つかりました。
――それはどのような目標ですか?
フランチャイズ店のオーナーになることです。僕もこの店のオーナーのように、上に立つ人間として働きやすい環境を整えながら、スタッフの笑顔もお客様の笑顔も守れる人になりたいと思います。あと、実は最近結婚したばかりなので、生活面や経済面でも、より向上心を持っていきたいという気持ちもあるかな。
――美容師としてとても前向きなリスタートをされたJOYさんから、美容業界を目指す方へアドバイスをいただけますか?
職場があるエリアに適した身だしなみには、よく意識を向けてほしいですね。
僕がこれを意識するようになったのは、以前に大手ヘアサロンの説明会へ足を運んだ時。そこで聞いた話が、とても印象深かったからです。
「美容に携わる美容師たちがかっこいい、かわいいのは当たり前。見た目も実力のうちです」といったことを話されていて、衝撃を受けました。
その場に合った身だしなみができていないと、まずその地域に受け入れられづらいんですよね。これは美容業界だけでなく、どんな職業にもある程度言えることかもしれません。
――JOYさんにとって「働く」ということは?
「誰かの人生の一部になること」。仕事って、誰かしらの人生に何かしらの形で関わることだと、僕は思います。
僕が以前勤めていた鉄道会社では、社会に欠かせないインフラの一環として“間接的”に、そして現在の美容師という仕事では“直接的”に、誰かしらの人生に関わっていると感じています。
僕は、フランスの哲学者のブレーズ・パスカルの言葉に端を発する「人生は死ぬまでの暇つぶし」という言葉が好きなんです。そしてどうせ暇つぶしをするなら、誰かを感動させたいと常々思っています。
そう思ったのも、今のサロンで一つ強烈な体験をしたから。ある日、ロングヘアのお客様が思い切ってボブヘアにしたいと僕に相談してくれたんです。ボブは僕が得意とするヘアスタイルでもあったので、カウンセリングから始まり、責任を持って担当させていただきました。いつも通り、施術後にお客様に仕上がりをご確認いただく段階で、ものすごく喜んでくださったんです。理想のボブです、と終いには涙ぐんでいたほど。
自分のしたことでここまで人を感動させ、幸せにすることができたのだと、むしろ僕の方が驚いてしまいました。
この時、やはり僕は誰かの人生に“直接的”に関わりたい。自分が関わったことによる反応を、その場で味わいたいのだと確信したんです。これもまた、鉄道会社という“間接的”に関わる仕事も経験してきたからこそ鮮明になったこと。人生に無駄なことなんて、きっと一つもないんですよ。
JOYさんの成功の秘訣
1. 自分のやりたいことに素直に、まっすぐ取り組む姿勢
2. どんな環境にいても、自分の心との対話を忘れない
3. 人の幸せを思う、旺盛なサービス精神
撮影/内田 龍
取材・文/勝島春奈
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