プレイヤーだけでなくマネジメントにも注力するべく開いた、鍼灸院「鍼の森」 私の履歴書 【アーティスト専門鍼灸師兼サロン代表 MEGAPANさん】#2
日本のエンタメシーンを裏方として支え続ける「アーティスト専門鍼灸師」という職業。MEGAPAN(メガパン)さんは、その第一人者とも言うべき鍼灸師です。
前編では、音楽・バンドが好きという気持ちからこの道を開拓し続けてきたMEGAPANさん自身のストーリーや、「アーティスト専門鍼灸師」とはどんな職業なのかということなどについて語っていただきました。
そんなMEGAPANさんは、既に東京と大阪に自身の鍼灸治療院を展開していましたが、2024年7月から新プロジェクト「鍼の森」をスタート。後編では、次のステージへ移っていくMEGAPANさんの働き方についてお伺いします。
きっかけは、コロナ禍に伴う仕事の幅の拡大

「アーティスト専門鍼灸師」として活躍し続ける一方で、1つの壁にぶち当たることになる
――「アーティスト専門鍼灸師」としての地位を確立してからは、どのような働き方をしていたのでしょうか?
全国各地で行われるライブやフェスなどの会場を飛び回るような生活でした。年間300日ほど現場で施術し、約60日は移動、みたいな。僕は打ち上げも大好きなので必ず参加していて、移動時間に睡眠を取るみたいなことも多いのですが、現場で眠くなるとかは全くないです。
――アグレッシブですね!
大好きなことをしているから、そんなスケジュールでもこなせてしまうんですよね。関わらせていただくバンドもどんどん増えて、Hi-STANDARD(ハイスタンダード)など青春時代にスターだったようなバンドのツアーにも帯同させていただけるようになっていきました。
しかし2018年から2019年くらいの頃、実はちょっと燃え尽きたようになってしまったんです。
――高校生の頃に思い描いていた夢を、叶えてしまったということでしょうか。
むしろ、それ以上です。ロックバンドシーンにおける最高峰のトレーナーになってしまったという達成感の一方で虚無感が生まれ、そこから先の目標を見失ってしまいました。
そこで「アーティスト専門鍼灸師」としての道を、そろそろ後進のためにも作っていこうと考えたんです。フリーランスとして働いていましたが、まずは信頼のおける精鋭メンバーを集めて法人化するなど環境を整え始めた矢先、2020年に入りコロナ禍になってしまいます。
――コロナ禍では、エンタメ産業が大打撃を受けていましたね…!
ライブシーンも例外ではありませんでした。しかも、どうやらこれは長引きそうだぞ、とも予想していて。そこで一旦音楽に関する活動を休業して、生まれ故郷である地元に還元できるような事業を展開したり、「アーティスト専門鍼灸師」としてこれまでやってきたことを書籍という形で残したりなど、別の事業に勤しんでいました。
そんな頃、YouTubeなどといった動画コンテンツが勢いを増してきたんです。
――MEGAPANさんの仕事にも影響しましたか?
はい。某一発録りの音楽企画とか、めちゃくちゃ流行ったじゃないですか。そちらに出演するアーティストの方々から治療を頼まれるようになりました。そもそも全国行脚するようなライブができないので、バンドマンやアーティストの拠点である東京での診察がメインになっていたところ、俳優や声優といった音楽以外でも声を使う演者の方々などからの依頼が増えてきたんです。
――コロナ禍を機に、仕事の幅が広がったんですね!
そうそう。演者の方々はその日の仕事が終われば基本的には帰宅する生活で、バンドマンやアーティストたちと違ってライブで全国を飛び回るなど出払っていることがあまりありませんからね。
コロナ禍が終息に向かうにつれて現場の仕事も復活してきましたが、広がった仕事の幅や量はそのままなわけです。一応東京にも拠点は置いていましたが、現場仕事がメインだったこともあり小規模なものでした。
ありがたいことに多忙を極め、後進を育てて輩出したい気持ちもどんどん募っていきました。そこで1年間、集中して仕事をこなして資金を集め、2024年7月に新しい形の鍼灸治療院「鍼の森」開設したんです。これまで駆け込み寺のようだった小さな拠点を大きくして、さながら僕が総院長である鍼灸業界の総合病院のような場所を作る、といったようなイメージでした。
クオリティを徹底追求。鍼の森は「通わせない」鍼灸院

MEGAPANさんが代表兼総院長を務め、診察を行う鍼灸院「鍼の森」について、より詳しくお話を伺った
――MEGAPANさんが開いた鍼灸院「鍼の森」とは、どんなところですか?
まず、演者やアーティストの方々はもちろんですが、一般の方々も気軽に来られる鍼灸院です。一般の方の場合は身体の不調を軽減するなど健康面のサポートが目的となりますが、エンタメシーンを牽引する方々への施術ノウハウが根底にあるので、その品質は折り紙付きです。鍼の森の客層に多い働き盛りの多忙なお客様方が、そんな日々の中でお越しいただく頻度を少なく済ませられるような、「通わせない」施術に力を入れているのが大きな特徴ですね。
――「通わせない」とは、具体的にどういうことでしょうか?
一般的な鍼灸院では、身体への効果を実感するために何度か通う必要がある場合が多く、実際に他院でそのような案内をされたことのある方もいらっしゃるのではないでしょうか。
しかし鍼の森では、鍼灸治療における身体への効果を、“一度で確実に体感していただく”ことを心がけています。そのためには鍼灸師が出し惜しみすることなく、常にベストを尽くす必要があるため、求められる施術の質も当然高くなるわけです。
スタッフに技術指導する際にも、「目の前の人に鍼を打てるのは、今この時の一度だけ」というマインドで臨むように、と言い聞かせています。
――スタッフの育成や技術の継承にも注力されていますよね。一体どのようなことをされているのでしょうか?
先ほど話したような、お客様に「通わせない」ための技術指導に加え、指導するスタッフに対してとにかく「なぜ?」と問いかけるようにしています。「そもそもなぜ鍼灸なのか?」「なぜそこに鍼を打つのか?」など、とにかく聞き込みます。正直かなり嫌がられますが、これにはれっきとした理由があるんですよ。
――それはなんですか?
「なんとなく」治療しないようにするためです。自身の施術において鍼1本1本に対する理由を明確にして説明できるようにすることは、スキルアップに必要不可欠なんです。また、何においても「なぜ?」を考えることは、目の前の相手に対する興味を持つこと、相手のことを分析することにも繋がります。どの仕事においても、なんなら仕事でなくても、相手に対する興味なくして、いい仕事をしたり、いい人間関係を築いたりすることはできません。
だから、僕はいつも「なぜ?」と問いかけるようにしています。
――めちゃくちゃ鍛えられそうですね!
僕は、鍼の森のクオリティをスタンダードにしたいんです。うちの価格設定は確かに他院よりも強気かもしれませんが、その分頻繁に通わせません。それに、そもそもの品質がめちゃくちゃ良かったら他院も真似するようになるじゃないですか。鍼の森を拠点に、業界全体の技術力の底上げに貢献できればと考えています。
そのためには、アーティストや俳優、声優といったエンタメの最前線で活躍される方々が来院する鍼灸院であるという評判などもありがたくお借りしながら、鍼灸の素晴らしさを広めていきたいです。場所を渋谷にしたのも、文化の発信拠点だと思ったから。また、国内だけでなく海外にもアプローチしていきたいですね。最近外国人の旅行者も増えていますが、まずはうちの鍼灸が「日本に来たら体験してみたいこと」の1つになったらいいな、なんて密かに思っています。

「鍼の森」内にある、プライバシーに配慮された特別診察室

鍼灸治療に使用される鍼。体の不調に応じて、体の至る所に存在するツボなどに打っていく
やり抜く覚悟と他者目線による感謝の心を忘れるべからず

現在は、ライブなどの現場と鍼灸院での治療との両方をこなしているというMEGAPANさん。取材当日に来院していたお客様とも、気さくに話をされていた
――鍼の森の今後についてお話しいただいたところで、MEGAPANさん自身の今後の展望も教えてください。
鍼の森を構えた理由の1つでもありますが、「NEXT MEGAPAN」を作りたいです。技術やマインドにおいて僕と同じベースを持った人材を育成する中で、僕を超えて、追い抜いていく人が現れてほしい。「アーティスト専門鍼灸師」としての、僕のライバルがほしいですね。
――高校2年生の頃思い描いていた姿と今のご自身の姿、振り返って比べてみていかがですか?
「ブレることなくそのままいけよ!」って気持ちです。当時の自分が思っている以上の経験をさせてもらえるから。それがあまりにも素晴らしくて、自慢もしたくなるし調子にも乗りたくなるけれど、「チャンスをもらっている」という精神を忘れないようにしたいと思います。
――MEGAPANさんにとって、「ブレない」とはどういうことですか?
「おもしろいかどうか」を判断基準に、やりたいことを一途にやることですね。余計なことは考えない。燃え尽きたようになった時期もコロナ禍でも、この考えを軸にしていたからブレずにいられました。
――この業界を目指す方、ひいてはMEGAPANさんのような「アーティスト専門鍼灸師」を目指す方へのアドバイスがあれば、いただきたいです。
とにかく行動あるのみです。人生は短いし時間は有限なので、自分なりに回り道とかしている暇などありません。最短経路を選んで、直球勝負で行くべきだと思います。
あと「アーティスト専門鍼灸師」は、本当に好きじゃないとできない仕事です。売上で言ってしまえば、一日中現場の仕事をするよりも、一日中鍼の森で施術する方が儲かります。それでも僕は、自分がやりたいことだからやり続けた。自分の時間を、他人のためにすべて使えるかどうか、覚悟を決められるかどうかは、常に自問し続けてください。
――MEGAPANさんにとって「働く」ということは?
「やりたいことをさせてもらえるチャンスに応え続けること」ですね。
今までにいただいたチャンスを掴み続ける努力をし続けたから、僕は音楽シーンに入っていけました。「やってあげている」ではなく、「やらせていただいている」というマインドでいられたから、今の僕があります。自分目線だと前者の考え方に陥りやすくなるので、他者の利益のために自身のスキルを提供する技術者こそ、他者目線を持つ必要があるんです。
また、他者をよく見ていれば、そこにあるニーズも自ずと見えてきます。他者が求めることにこそ、仕事へのヒントがある。ギックリ腰になったバンドマンをDVDで観た高校2年生の僕が、「音楽」と「鍼灸」を結びつけることができたように。
キャプ:エンタメシーンを牽引する方々を陰日向となって支え続けるMEGAPANさん。彼のような人がいるから、私たちは今日も素晴らしい音楽やドラマなどに触れることができる
MEGAPANさんの成功の秘訣
1. 自分の中の基準を明確にして、一途に突き進むこと
2. いつでもチャンスを掴めるように自己研鑽を怠らないこと
3. 「やらせていただく」という他者目線を持ち続けること
撮影/野口岳彦
取材・文/勝島春奈