コンマ1秒にすべてを懸けるアスリートと同等以上のプライドを持って 私の履歴書 【スポーツ鍼灸師 三村さゆりさん】#2
スポーツ鍼灸師・三村さゆりさんは、水泳専門のスポーツトレーナー。鍼灸治療やマッサージを通じて、メディカルの分野からアスリートたちのパフォーマンスを支えています。
しかし、当初は水泳のコーチになりたかったという三村さん。前編ではその夢を追いかけるも、大学進学時にその目標を見失うという挫折を経験します。それでも競技の現場に携わる仕事を諦めず、スポーツトレーナーとして方針転換し、鍼灸をはじめとしたケアのスキルを磨くまでのストーリーを伺いました。
後編では、独立してフリーランスとして働くこととなった経緯やスポーツトレーナーとしての鍼灸師について、さらに三村さんの仕事観などを語っていただきます。
フリーランスの道を選んだのは、自分の実力を最大限に生かすため

アスリートの施術に定評のある整骨院をはじめ複数の治療院を経て独立、フリーランスとして働く三村さんだが、その道を選んだのはなぜだったのか
――現在はフリーランスとして独立されている三村さんですが、独立したのはいつ頃ですか?
2018年です。アスリートの施術に特化した整骨院で4年間みっちり修行し、その後一般治療からスポーツ分野に精通した接骨院と鍼灸マッサージ院の2カ所を合わせて3年間ほど在籍しました。臨床経験を詰みながら、技術はもちろんそれ以外のことも広く学んで独立に向けての準備が整ったと思えたので、今度こそと独立に踏み切りました。
――独立しようと思ったきっかけは、何かありましたか?
自分でやりたいことを実現するためには、自分でその環境を整えるしかないと気づいたことです。
やはり、雇われている立場ではどこへ転職したとしても、シフトの兼ね合いが出てきてしまうのは避けられません。個人的にトレーナー業のオファーをいただくこともありましたが、こちらもどこかに在籍していると自分の休暇の時間を使って現場に出向くこととなってしまうため、身体的に過酷な働き方になってしまいやすかったんです。駆け出しの新人トレーナーには”あるある”というか、当時の時代背景の影響もあったと思います。
――どこかに所属していると、確かに時間的な制約はどうしても発生してしまいますね。
それは時間だけでなく、治療内容についても言えることかもしれません。施術や技術の経験を積むにつれて治療に対する視野が広がり、マニュアルではない治療方針に可能性を感じ始めていました。治療に関する自身のやりたいことなども増えていき、自分なりの治療方針もより具体的になってきたんです。これらをもっとブラッシュアップできる環境に身を置きたい、とも感じていました。
自分の能力を最大限に表現することができ、それに対する適正な評価を得るためには、自分でその環境を作ってしまうことが理想だと思った。だから、私はフリーランスの道を選びました。
アスリートと共に、フィジカルの可能性に挑む仕事

アスリートの施術に定評のある整骨院をはじめ複数の治療院を経て独立、フリーランスとして働く三村さんだが、その道を選んだのはなぜだったのか
――フリーランスとなってからは、どのような働き方をされていらっしゃるのですか?
現在、東京・北参道においている拠点でも施術も行っていますが、主軸は担当させていただいている選手たちやチームが参加する大会や合宿などへ帯同して行うケア業務です。スケジュールも、こちらを優先しています。
また、最初の修行先の整骨院を卒業する半年前くらいから、アスリート向けのトレーナーを育成するセミナーにも通い始めたんです。そちらで取得した資格や専門性を生かして、時々ですがウエイトトレーニングの指導をすることもあります。
――フリーランスとなってからの、印象的な出来事などはありますか?
日本代表クラスの選手から、初めて指名でオファーをいただけた時ですかね。やはり、これはとても嬉しかったですね。2019年くらいから徐々に、競泳チームの合宿や全国規模の公式戦での帯同も増えていきました。
アスリートたちから支持の厚い最初の修行先で培った技術や経験が、自分の技術のベースであることは確かです。その上で、私自身が積み重ねてきた経験や学び、自分なりにでも試行錯誤しながら築き上げてきた技術力やサービス力などが加わることで、さらに質が向上しオリジナリティが発揮できるようにもなっていきました。だからこそ、私個人にオファーをいただけたのかなと、誇らしかったです。
――スポーツトレーナーとしての鍼灸師と、一般の鍼灸師との違いとは、一体何なのでしょう?
施術を受ける目的や結果に、その違いがあると考えています。
まず一般的な鍼灸ですが、その目的はリラクゼーションや健康な状態の維持です。身体のコリをほぐしてあげることで、疲労回復や気持ち的にもスッキリするなどの効果があります。施術を受けた結果、「身体が良くなる」んです。
一方、スポーツトレーナーとしての鍼灸の目的は、競技パフォーマンスの向上です。明確に成果を出したい試合から逆算して、コンディションを整えるための施術を行います。
身体のコリなどの不調を治すだけでは不十分で、筋力は落とさずに柔軟性や可動域を広げ、疲労が妨げているフィジカルのポテンシャルを引き出す必要があるんです。そのため、日々の練習や日常生活で受けるであろう身体への刺激までをも考慮しながら施術しています。
施術を受けた後に「身体が強くなる」、パフォーマンスの進化、肉体の進化を促す強化活動の一環となるケアであることが理想です。
――一般的な鍼灸のイメージとは、あらゆることが異なるのですね。
そうですね。アスリートは一般の方よりも身体的な負荷がかなり大きい上に、施術もオーダーメイドな要素が多く難易度は高いです。しかし、選手たちと一緒に人体の限界に挑むのは、その分やりがいもありますよ!

三村さんの仕事道具の一部。マッサージ時に使うオイル(左)と、鍼灸治療に用いる鍼(右)
覚悟とプライドは、アスリートと同様に技術者にも必要な要素

明るい笑顔の裏に秘められた、三村さんの仕事に対する秘めたる情熱と高いプロ意識を伺った
――スポーツ競技に携わる鍼灸師として活動される上で、大切にしていることはありますか?
何事も、とにかく「アスリート・ファースト」であることを徹底することです。
一般の患者様は、専門家と比べると人体に関する専門的な知識が少なく、例えば痛みの場所や不調な箇所を誤解して話されている場合が少なからずあります。患者様のこうしたご意見を「主訴」と言って、それをそのまま鵜呑みにしないようにというのは専門学校や鍼灸院でもよく教えられることです。
しかし、アスリートの方々は自身の身体や競技に関する解像度が高い場合も多いので、まずはきちんと話を聞くことを大切にしています。主訴や施術の手法についても、リクエストがあれば耳を傾けるようにしていますね。メンタルの状態が芳しくないなと感じた時などは例外もありますが、基本的にはアスリートの感覚を信じています。
スケジューリングに関しても、担当しているアスリートたちが最優先です。彼ら・彼女らはスケジュールが変わりやすいので、それに合わせられるようにフレキシブルな働き方を心がけています。
――この業界を目指す方々へのアドバイスがあれば、ぜひお願いします!
仕事に対するプライドやプロ意識、そして覚悟をきちんと持ってほしいかな。厳しいことをいうようですが、これらが足りない方が多いな、と思うことがままあります。
最近、ありがたいことに若い方からこの仕事について質問をいただいたり、話を聞きたいとコンタクトを取ってくださったりという機会がありますが、誰でもできる仕事だと思っている方が多いと感じていて。SNSなどで、あらゆる距離感が近くなっていることもあるのかな。
でもこの仕事って、誰でも容易になれるわけじゃないんです。技術力を向上させるにはとにかく経験が必要。初めての整骨院に就職した時、私はまず、誰よりも症例数をこなすと決め、そのためにできることは何でも実行しました。経験値を積むのはどうしたって大変だし忙しくなりますが、それをこなす覚悟はあるか、今一度自問してほしいと思います。
また、自分の技術向上に対する責任感を持つためには、プライドやプロ意識、その道の専門家であるという自負心が必要です。もし、一流のトップアスリートたちに携わりたいなら、まず自分がスポーツトレーナー兼鍼灸師としてトップに立つことを目指して研鑽してほしいです。この職に就けたことをゴールと思わず、アスリートの進化と共に自分を高め続けることを怠らないでください。
――三村さんにとって、「働く」ということは?
とにかく「楽しい」に尽きます。
仕事ではありますがもう趣味みたいなものでもあって。しかし、一時期は仕事への好きが高じて気持ちに対して身体が追いつかず、エネルギー切れのような状態になってしまいました。元気も出ず集中力も途切れやすくなり、これではサービスの質にも大きく影響してしまうと危機感を覚えました。
でもそんな時期があったからこそ、自分の「好き」や「楽しい」という気持ちが守られる境界線を見極め、常に最高の状態でいられる環境を自ら整えることの大切さを実感することができました。今では自分のキャパシティを超えない程度に仕事量を調整したり、休む時間を作ったりもしています。
アスリートたちは練習や試合を経て日々進化していて、身体の状態が一定ではありません。毎回の施術がオーダーメイドでクリエイティブに富んでいて、ルーティンワークにならない。マンネリすることなく、常に新鮮な気持ちで選手たちの心身と向き合っています。ずっと続けていきたい、本当に大好きな仕事です。

取材時には時折真剣な表情を見せるも、終始仕事のことを本当に楽しそうに話す三村さんの笑顔が印象的だった
三村さんの成功の秘訣
1. 挫折しても、好きなことを諦めない一途な気持ちと柔軟性
2. やりたいことのために、大変なことでもこなす覚悟
3. 仕事や技術への高いプライドやプロ意識
撮影/内田 龍
取材・文/勝島春奈