「一度きりの人生だから」。スタイリストからネイリストへ 私の履歴書 【ネイリスト MATOさん】#1
東京・渋谷駅からたった一駅の、東急東横線・代官山駅。駅から徒歩約3分という好立地にあるマンションの一室に、2024年9月末にオープンしたばかりのサロン「howpe(ハウプ)」があります。
アイリスト2名とネイリスト1名からなるこのサロンでは、アイブロウ&アイラッシュとネイルの同時施術も可能。そんなhowpeのオープンから携わっているネイリスト・MATOさんに、今回お話を伺いました。
見ていて楽しくなるような個性的なアートセンスが魅力的なMATOさんですが、ネイリストになる前は、ファッションを中心としたスタイリストをされていたそう。そんなMATOさんが、なぜネイリストへの道を歩むこととなったのでしょうか。前編では、その物語を紐解いていきます。
MATO’S PROFILE
お名前 |
MATO |
|---|---|
出身地 |
北海道北見市 |
出身学校 |
文化服装学院 ファッション流通科 スタイリストコース |
プライベートの過ごし方 |
飲みに行くこと(お酒が好き!)、温泉旅行・サウナ・銭湯へ行くこと、自然(山派)に触れに行くこと、訪れたことのない街へ行くこと、など |
趣味・ハマっていること |
「相撲観戦です。日本の伝統的なものにきちんと触れてみたいと思い、足を運んだらハマってしまいました」 |
仕事道具へのこだわりがあれば |
「More Couture(モアクチュール)というネイルプロダクトのブランドの、ブルーの筆。これをずっと使っています」 |
ターニングポイントその1。スタイリストからネイリストへ転向

――現在はネイリストとして活躍されているMATOさんですが、その前はスタイリストをされていたそうですね。
そうなんです。中高生の頃から『Zipper』や『CUTiE』などのような、いわゆる青文字系のファッション雑誌をよく読んでいたこともあり、将来はファッション関係の仕事に就きたいと考えていました。
進路を決める頃には東京の専門学校への進学を希望したのですが、両親が子どものやりたいことを応援してくれる人であったことと、姉がイラストを学ぶため既に東京に出ていたことから、私もすんなり上京させてもらえました。これには、今でもとても感謝しています。
――高校卒業後は、東京の専門学校へ?
はい。「文化服装学院」のファッション流通科、スタイリストコースに入学しました。ファッションについて専門的に学んで思ったのは、服を作るのも好きでしたが、それ以上にスタイリングすることが好きだということ。就職を考える時期には、講師の方からも「スタイリング職に向いている」と後押しいただいたことと、販売職はなんか違うなと思っていたことから、スタイリストの部署がある撮影会社に就職しました。
そこでは業務の幅も広くて、広告や流通の業界における衣・食・住に関するあらゆる撮影現場を経験させてもらいました。2年間アシスタントをした後は2年間スタイリストとして従事し、約4年間お世話になりましたね。現場は時間の制約もあり、予想外のことも起こるので、いつでも頭がフル回転! 大変なことも多かったけど、臨場感もあって楽しい撮影の現場は好きでした。
――充実した日々のようですが、スタイリストを辞めることになったのはなぜですか?
社内の条件が変わったことと、父が亡くなってしまったことが同時期に重なったのがきっかけです。
メンタルは強い方だと自負していますが、自分でも予想以上に心が揺らぎました。しんどかったけれど、同時に自分の今後や将来を見つめ直すタイミングにもなりました。
このまま今の会社に残るのか? スタイリスト自体は続けるのか? それとも転職して、違うことを始めるのか?
そんな時期に、じわじわと「ネイリストはどうか?」という気持ちが芽生えていったんです。
――なぜ、ネイルだったのでしょう?
20歳の頃、初めてネイルサロンに行ったことが原体験です。ネイルの施術中に「私も、この作業をやりたい!」って強く思ったのを思い出したんですよね。
そこから、セルフネイルが趣味の1つになったんです。休日には自分の爪で、それ以外は姉や友人の爪を借りてネイルをしていました。趣味程度でしたが、いつか本格的に勉強したいと思った時に始められるよう、実はこっそりスクールに通うための費用も貯めていました。
心のどこかで、ネイリストという仕事が強く印象に残っていたんだと思います。亡くなった父は、私たちがやりたいことを何でもやらせてくれる人で、そんな父にも後押ししされたようにも感じました。2020年の春、思い切って会社を辞め、ネイリストを目指すことを決意しました。
最短距離で、自分が思い描くネイリストを目指す

――ネイリストを目指し始めたMATOさんですが、そのためにされたことを教えてください。
フリーランスでスタイリストの仕事をしながら、都内のネイルスクールに1年間通いました。元々手先が器用で細かい作業も好きだったので、アートに関する部分は独学で進めることにして、検定・資格の取得にフォーカスして勉強できるスクールを選びました。
「ネイリスト技能検定試験」の1級と「JNAジェルネイル技能検定試験」の上級という、いずれも最上級を取得しています。しかし、コロナ禍で感染対策に配慮しながら、たった1年でここまで取得するのは、正直大変でした。
――検定にこだわったのは、なぜですか?
自分がお客様だったら、1級や上級を取得されたネイリストさんに施術してもらいたい、と思ったからです。
正直、1級や上級まで持っていなくてもネイリストになることは可能です。検定の取得費用は決して安くないし、合格レベルに達するために練習する時間や労力もかかります。
ただ、これは今だからこそ言えることかもしれませんが、やはり1級や上級を持っているネイリストさんは技術レベルが高く上手な方が多いです。お客様の目線からしても、箔がつきます。
――一概には言えないまでも、やはり違いはあるのですね。アートに関する部分を含め、実践面でされたことはありますか?
ネイルチップにアートしたり姉や友人の爪をお借りしたりして、作品作りもたくさん行いました。週2〜3回くらいやっていましたね。ネイルスクールに検定の勉強、さらにフリーのスタイリストもやりながらだったので本当に忙しかったけれど、この時期に頑張った経験は今でも励みになっています。
――ネイルスクールを修了された後は、いよいよネイリストとしての活動を?
はい。所属するネイルサロンを探し始めました。しかしサロンワークの経験がないこと、またネイル施術の際に使うマシンがあるんですが、そのマシンの使用経験がなかったことがネックで…。未経験でも採用していただけそうなサロンを中心に当たりましたが、就職先探しはやや難航しました。
また、キレイめやコンサバティブなデザインというよりはアーティスティックで個性的なデザインのネイルがしたかったこともあり、そういったアートにも賛同していただけそうなところを…とも考えていました。
――そんな状況を打破するきっかけは、何だったのでしょう?
「NICOnail(ニコネイル)」との出会い、そしてそこのオーナーとの出会いです。
当時はこちらもシンプルやキレイめなデザインが中心でした。しかし面接の際に個性的なネイルをやりたいと伝えたところ、オーナーが「個性派ネイル、いいね!」と賛同してくださったんです! 採用も、そこで決まりました。
ネイリストとしてのキャリアを積み上げた、NICOnail時代

――NICOnailへ所属が決まり、本格的にネイリストとして活動が始まりましたね! そこでのキャリアについて、教えてください。
コロナ禍で一時的にクローズしていた中野店が個性派ネイルのサロンとしてリブランディングされたのですが、同じく未経験から採用が決まった同期入社の方と中野店に配属され、2人でお店の運営を任されることになったんです。その同期も、個性派ネイルを志す方でした。
――いきなり、やりがいのあるキャリアスタートですね!
ここのオーナーの素敵なところですが、勢いがありますよね!(笑)
始まってしばらくは手探りな部分もありましたが、オーナーや先輩ネイリストの方々が定期的にお店にいらして、バックヤード業務やマシンの使い方の指導、フレンチなどといった基礎的なネイルアートの技術指導なども行ってくださったんです。ここでは、ネイリストとして育ててもらったな、と思っています。
実務経験を積みながら技術の向上も望め、デザインの縛りがないネイルもできて、毎日とても充実していました。NICOnailに出会えていなかったら、今の私のアートはなかったかもしれません。
――その後は、ずっと中野店に?
中野店にいたのは1年ちょっとくらいです。下北沢店の新規オープンに伴い、私はサブマネージャーとしてそちらに移ることになりました。
そこではサロンワークの傍ら、この時期盛んだった店舗拡大に伴う新店舗オープンの手伝いや面接などの採用人事、後輩の技術・接客指導などにも従事していました。
また、こちらは時々ですが、NICOnailが持つネイルスクールの講師をすることもありましたね。
――スクールの講師まで!?
はい。以前オーナーに、ネイルの検定を取得するのが大変だったこと、にも関わらずネイルサロン探しには苦労したという話をしたことがありました。そこから「サロンワークの経験ができるようなネイルスクールが、NICOnailにあってもいいのでは?」という話になり、オーナーが「作ってみよう!」と自社のネイルスクールを構えることになったんです。NICOnailで働き始めて、2年後くらいのことだったかな。
また、サロンワークの経験も積めるスクール自体は他でもあるのですが、そこを出た方が入社したこともきっかけの1つだったと思います。
――スピード感ありますね。講師としては、どのようなお仕事をされていたのでしょうか
サロンワークに関することやマシンを使用した施術についてなどといったような、一人ではなかなか勉強できないような内容を中心に教えていました。これは、自分自身がかつて困った経験も生きています。
座学というよりは実践をベースにした、美容の専門学校に近いような授業だと思います。


スタイリスト時代から一念発起し、ネイリストへの道を志したMATOさん。コロナ禍真っ只中でのネイル検定取得や異業種からの転職活動に苦労しながらも、ネイルサロンNICOnailに就職します。MATOさんのセンスが光る個性的なネイルアートを提供しながら、新店舗オープンや自社ネイルスクールの講師など、様々なことにも積極的にトライし、ネイリストとしてのキャリアを着実に積み上げてきました。後編では、NICOnailから現在のhowpeに移籍することとなった経緯やMATOさんの仕事観についてお伝えします。
撮影/内田 龍
取材・文/勝島春奈
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