コンプレックスに抗うために、自分も周りも「デザイン」する 私の履歴書 【ヘアメイクアップアーティスト 伊森凱晴さん】#2
ヘアメイクアップアーティストを本業としながらも、その枠にとどまらないボーダーレスなワークスタイルを貫いている伊森凱晴(いもり よしはる)さん。特殊メイクまで含めたヘアメイクという美容の分野をはじめ、デザインやアートの分野まで、活躍の幅を広げています。
前編では、ヘアメイクを通して美容業界へ足を踏み入れ、自分なりのキャリアを築き上げていくストーリーをお話しいただきました。
後編では、前編で語られたキャリアを基に、より自分らしい道を切り拓いていく伊森さんの姿や、それを可能にしている伊森さんの価値観に迫ります。
本格的に独立の道へ。美容業界の枠を超えてマルチに活躍

——東京・表参道にある某ヘアサロンへの転職や現代美術家の下での勉強をきっかけに、人生初の挫折を経験した伊森さんですが、そこからどのように行動されたのでしょうか?
思いつく限りのやれることを、全てやってやろうと思いました。まずはヘアメイクとしての実績作りですね。元々芸能系のヘアメイクを担当していたので、過去の経験や実績をフル活用して、様々な著名人や某音楽アーティストのヘアメイクを担当しました。もちろん美容師としても引き続き活動していましたよ。また絵が描ける特技を生かして、ペイントアートなどを中心に作品作りをするなどアーティストとしても活動し始めました。
在籍しているヘアサロンの運営会社が飲食業を始めたので、その店名のロゴなどを含めたデザイン周りを任せていただくなど、デザイン関連の仕事も本格的に始動させました。さらには自身も店に立ってお客様やスタッフと積極的にコミュニケーションを取りながら、多種多様な人たちと分け隔てなく関わりを持ち、一対一でも話せるくらいの関係性を育てていく、といったようなことも並行してやっていました。ここで出会えた人たちは本当にいい方々ばかりで、今でも交流があります。
——体がいくつあっても足りませんね!?
あの頃は、特に無我夢中でした。大変だったけれど楽しかったです。過去から現在まで含めて、総じて僕の人生は人に恵まれていると感じています。
——そこから、独立の道へ?
そうですね。あらゆる仕事を経験させてもらいながら、十分に実力をつけてきたな、と思えた2022年頃に表参道のヘアサロンを退職、独立しました。
現在は基本的に個人の事業主として、ヘアメイクの仕事だけにとどまらず、自分のコミュニケーション力も活用してあらゆる方面でチームを組みながら、業界を跨いで様々な仕事を行っています。
——具体的には、どのようなお仕事を?
まずは、美容師やヘアメイクアップアーティストとしての美容関連の仕事です。例えばトータルディレクションをした広義な「クリエイティブ」だと、YouTuber・酒村ゆっけさんのヘアメイク撮影企画はいい例ですね。ゆっけさんには、僕の人の印象をガラッと変身させるヘアメイク技術と、ヘアメイクアップアーティストとしての僕のキャラクター性を気に入っていただけて。ご自身のYouTube動画にコラボ出演する機会も少しずつ増えてきています(笑)。その現場もとても楽しいです!
普段のヘアメイクの現場に加え、特殊メイクなどの案件もあります。昨年開催された「世界コスプレサミット2024・ワールドコスプレチャンピオンシップ」で日本代表のチームのコスプレイヤーが総合優勝したんですが、このチームのメイク講師も担当しました。
——美容関連のお仕事は、さすがという感じですね。
他にも、総じてクリエイティブディレクションの領域ですが、ロゴの制作や商品パッケージのデザイン・イラスト制作などといったデザイン業も、企業・個人問わず行っています。壁に絵を描くウォールペイントなどもできるので、そういったアートの領域まで広げた仕事をすることも。デザインの仕事はデジタル・アナログを問わず、マルチにお客様のご希望を叶えられるのが強みです。
様々な業界に精通する人脈や知識、経験や実績を基にして、他にも様々なディレクション業務や企業向けの外部コンサルティング、講習関連など、ありとあらゆるお仕事をさせていただいています。
——ボーダーレスな活躍ぶりですね!
自身の持っているものをフル活用しながら、いただいた依頼を断らないようにしていただけなのですが…。気がついたらこうなっていました(笑)。今では、「仕事を通じて人の悩みを解決する」という大きな括りで仕事をしている感覚ですね。

半生をかけて磨き続けた、自分や周りを「デザインする」という思考ロジック

——伊森さんのようなボーダーレスな働き方はそう簡単にできるものではないと思うのですが、この働き方を実現する上で心がけていることや、実行されていることは何かあるのでしょうか?
大きく分けて2つあります。1つ目は、「コミュニケーション」×「キャラクター性」です。
業界や業種を跨いで働く上で、人とのコミュニケーションは最も重要な要素の1つだと思っています。しかし、人とのコミュニケーションって偶然の要素が絡むというか、こちらがコントロールできない部分も多いじゃないですか。そもそも、コミュニケーション自体を学問として学ぶ機会もほとんどありませんよね。
「じゃあ、人とのコミュニケーションにおいて、自分でコントロールできる部分はなんだろう?」って考えたんです。
——その答えはでましたか?
はい。僕が出した答えは、「自分のキャラクター」でした。
自分の在り方や伝え方1つで、相手の反応を変えることができるんですよ。まず自分のキャラクターをデザインすることによって、相手とのコミュニケーションをデザインしていこうと思いました。
注意して欲しいのは、自分にない全く違うキャラクター性を作り出し、それを演技するという解釈ではないということ。あくまで自分自身の中にある要素の範囲内でキャラクター性を組み立て、整えるだけなんです。
——「コミュニケーション」×「キャラクター性」とは、そういうことなのですね!
僕は幼少期から転校を繰り返し、学生時代には、自身をリーダーとする制作チームを通じて積極的にマネジメント経験を積み、社会人になってからも様々な人と関わることを怠らないようにしてきました。そんな僕には、誰よりも多くの「人となり」を観察し続けてきた知見があります。
また、何でもできると調子に乗っていたような強い自分だけでなく、表参道のサロン時代には自分の弱い部分についても見つめ直しました。正反対な自分を自覚することで、自分の中にあるあらゆる側面を、相手に合わせてより自在に使いこなせるようになりました。相手と土俵や条件が違うことについて比べる必要がなくなり、余計な劣等感を抱くこともなくなった。戦わない選択ができることで自分自身が柔軟になり、相手に合わせたコミュニケーションをデザインしやすくなったと実感しています。
——今までやってきたことが生きているのですね。先ほど2つあるとおっしゃっていましたが、もう1つは何ですか?
もう1つは、「“唯一無二”の作り方」。これは、最強のポジティブ変換論、と言いますか、思考の組み立て方の話です。
——詳しく聞かせてください。
そもそも、人間は生まれながらにして「唯一無二」だということが前提であり、これはそれを否定するものではありません。
結論から言うと、自分を構成する要素を組み合わせて、オリジナリティを創出するというロジックです。
——具体的に、どうしたらいいのですか?
職業や肩書きなどといった自身のキャラクター性をわかりやすく表現できるものや、自分らしさを感じられる何かしらの得意なことなどを2、3個ほど用意します。例えば僕だったらヘアメイクアップアーティストであること、スマブラ(「大乱闘スマッシュブラザーズ」というテレビゲーム)がとても強いこと、などですね。
これらは、単体だと上には上がいます。スマブラは、僕の友人たちの中ではほぼ負け知らずの強さだけれど、全国のプロゲーマーたちを相手にしたら大したことないわけです。
しかし、これがヘアメイクアップアーティストの中だったらどうでしょう? 「スマブラがめちゃくちゃ強いヘアメイクアップアーティスト」が誕生します。複数の要素を掛け合わせた時に、同じような人がなかなかいないキャラクターを作る。これが僕の提唱する「“唯一無二”の作り方」の仕組みです。
——そういうことですか!
自己肯定感が上がる気がするでしょう?(笑)これを実行するうえで、1つだけ条件があります。自分に嘘はつかないこと。見栄やつまらないプライドなんかは捨てて、真摯に自分を見つめてください。
幼少期から「唯一無二」でありたいと焦がれながら人生経験を積み上げてきた僕が、辿り着いた1つの答えです。人生は、自分の考え方次第でいくらでもおもしろくしていけると信じています。
全ては誰かの、そして自分の「笑顔」のために

——先ほどお話しいただいたような思考のプロセスを導き出すモチベーションって、どこから来るんですか?
そうですね。僕には人生において一貫したテーマがあるので、そこからでしょうか。
——どんなテーマですか?
自分に対するテーマと、人に対するそれとの2種類があります。まず、自分のテーマは「コンプレックスに抗う」ということ。常に過去の自分と比較して成長し続けていきたいので、あえて茨の道を選ぶこともあります。
人に対するテーマは、おこがましいかもしれませんが「人を変える」ことなんです。もう少し具体的に話すと、自分が関わることや自分の存在が、誰かをいい方向へ変えるためのきっかけになってほしい。僕は、いつもそう願いながら人と接しています。
——伊森さんの、今後の展望を教えてください。
僕のことを知っていて仲が良い人と仕事ができる、居心地の良い環境を作り続けたいですね。
“僕のことを知っていて仲が良い人“というのは、僕の性質やキャラクター、そしてその価値を認めてくれている人のことを指します。目的としては、コミュニケーションのエラーを極力少なくするためですね。世の中の問題のほとんどは、コミュニケーションのエラーから来ることが大半だと思っています。この世に、完璧な人間なんて存在しません。誰しもが持つ長所を引き出し、短所を補い合っていく必要があります。そのための相互理解を重ねられるように、自分が存在しやすい環境作りはこれからも続けていきたいです。
——美容関連の業界を目指す方々への、アドバイスがあればお願いします!
まずは、自分のことを信じて、とにかく手を動かしてみること。
「自分だったらこうすることができる、またはやることができる」という頭の中のイメージがあるならば、それを実行して形にしてみた方がいい、そしてその数は多いほど効果的です。手を動かしてみると、頭の中のイメージと実際のアウトプットとで様々な差があることに気がつくと思います。これを繰り返すことで、想像や理想を現実に近づけるための力がつくはずです。
——やろうやろうとは思いつつ、実践できる人は意外と少なそうですね。
もう1つは、他人の話を基本的に「情報」として捉えること。
なるべく先入観を持たず、データとしてフラットな気持ちで処理することを意識してほしいですね。伝えられた内容を感情面で捉えるのではなく事実面にフォーカスして、相手の真意を理解するイメージです。
不用意に感情的にならずに相手意図を汲み取れるようになるため、いろんな人の物差しを自分の中に取り入れやすくなります。これにより、たとえ多少強い表現で伝えられた内容に対しても「怒られた?!」と焦って相手が本当に伝えたかったことを見逃す、といったことも少なくなりますよ。
それらを自分なりに使いこなせるようになれば、自然とオリジナリティが育っていくと思います。
——伊森さんにとって「働く」とは何でしょうか?
「誰かの悩みや困り事を解決する手段」です。仕事に対して「業務」という気持ちで向き合いたくないんです。そこに「人とのコミュニケーション」がないような気がして。
自分の仕事を通じて誰かの人生を豊かにしたい。自分と関わってくれた人の可能性を1ミリでも広げたい。そしてそれらを通じて、僕は自分の価値や存在意義を、僕自身に向けて証明し続けたいんです。
何だか難しいことを言っているようですが、僕の願いはシンプルですよ! 相手の喜ぶ姿が見たい。誰かの笑顔が見たい。そして、自分もずっと笑っていたい。本当に、ただそれだけです。

伊森凱晴さんの成功の秘訣
1. 自分の心を真摯に見つめ、内省を徹底する姿勢
2. 考えるだけでなく、誰よりも手足を動かす行動力
3. 成功も挫折も自らの血肉にしていく貪欲さと戦略性
撮影/野口岳彦
取材・文/勝島春奈
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