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コラム・特集 2016-09-20

清水ろっかん interview#1:健康と美容をつなげて、整体の可能性を切り開いた男!

整体といえば、肩こり、腰痛、ひざ痛を治療するイメージがあるのではないでしょうか。しかし、最近では体や顔の歪みといった、美容の側面からも注目されています。今回登場する清水ろっかん先生はそんな美容整体の第一人者であり、小顔矯正の創始者。経営するクリニックには、その評判を聞きつけてタレントやモデルが通うほど。テレビや雑誌からのオファーも絶えません。先生が整体と美容をつなげるきっかけとなったものとははたして? さらに仕事を探す上での心得などもお伺いしました。

――先生は明治大学柔道部出身ですよね。勝手な思い込みなのですが、武道家には武骨なイメージがあって、そういう方がなぜ整体に美容という概念を持ち込もうと思ったんですか?

「まず最初に、なぜ整体師の道に進むことになったかというと、そもそも僕は高校生の頃から整体オタクだったんです。高校生のときにひざと腰を壊してしまい、正座すらできなかった。整形外科に行っても治らず、整体クリニックに通いながらごまかしごまかし柔道を続けていたんですね。それで現役生活を24歳まで続けました。そういう経緯があって、体の構造だとか骨や関節の仕組みなどに必然的に興味を持ち、どうやったら痛みが取れるんだろうって考えていき、整体オタクになったんです(笑)。柔道って、僕の体に合わないスポーツだったんですよ。僕の体型を見たら分かると思うんですけど、X脚でしょ。この体型って実は、一部の例外を除いて横方向に足が開かないんです。だから開脚したまま前屈ができない。柔道でも相撲でも股割りってやるでしょ。股割りは先輩連中が何人かで無理矢理おさえて前に倒すんですけど、腰からきれいに倒れれば柔らかくなるんですが、僕は骨盤自体が開かないんで、腰から倒れないんです。そこを強引に曲げさせられることで、腰椎をやってしまったんですね。ひざのほうは、昔はうさぎ跳びを普通にやるような時代だったじゃないですか。それが原因で痛めてしまい、変形性膝関節症(へんけいせいしつかんせつしょう)になっちゃったんですよね」

――根性論が全盛だった時代ですね。

「今思うと、無茶苦茶ですよね(笑)」

清水ろっかん先生

――整体オタクになったのは体のためだったわけですね。それで整体の道へ進んだと。

「いえ、そのときはまだ全然。僕は大学を卒業したあと、教師になる予定でした。教師の免許も取って、さあ学校の先生になるぞってなったときに父親が病気で入院したんですね。父親の会社を継がなくてはいけなくなって、教師の道を断念しました。実家は流通業をやっていて、僕が27歳のときに本格的に流通業をやるんだったら、一度大きい会社で勉強したらどうだということになって、ジャスコ(現イーオン)に就職したんですね。このジャスコでの経験が、実は僕が女性的な目線を持つようになったきっかけでした」

――どういうことでしょうか?

「僕は衣料品の売り場に配属されたんですね。そのなかでもカジュアルウエアの担当でした。父親からの会社の流れで入社したので、入社式も研修も何もありません。レジ打ちと商品の陳列だけを教わって、あとは『自分で頑張って』と言われて(笑)。僕はそれまでおっしゃるように武骨だったんですよ。お客さまが来るじゃないですか。普通にいらっしゃいませって言う。するとお客さまがキャーと逃げていくんですよ。体が大きいから威圧感があって、普通に接客しているつもりでもお客さまからしたら怖いんですね。当時の僕のウエストは36インチ、洋服は32インチしかサイズがなかった。販売員は動くマネキンだとよく言われるけど、まったく話にならないですよね。だからダイエットしてウエストを32インチにしました。今でこそ接客マニュアルがありますが、当時はそんなものはありません。どうやって声をかけるか。タイミングや声をかけるときの体の角度、そういうものを全部含めて勉強していったんですよ。それから自分がどんどん軟派な方向へと向かっていきました(笑)」

清水ろっかん先生

――軟派までいってしまいますか?

「うん。そこで出た結論が接客とナンパはいっしょだっていう(笑)。要は、知らない人に声をかけて、自分を売り込んで、認めてもらえば商品が売れる。リピーターになってもらえるという意味でね」

――なるほどです。販売員からどういう経緯で整体の仕事へと移っていったんですか?

「同時進行で、整体を趣味でやっていたんです。頼まれたらやるという感じで。好きなことだったので、これで食べていけたらいいなとは思っていましたよ。ずっと天秤にかけながらやっていくうちに、僕は駆け引きがダメな人間だと分かったんです。整体の仕事は1回やって完結して代金をいただいてっていう仕事でしょ。自分が頑張って、その人の症状を取り除いたら、その場で喜んでもらえてお金がいただける。なんの駆け引きもない。だからこそ、やりがいがあると思いました。体的なことで深く極めたいということもあったんで、30代から整体のほうに圧倒的に傾倒していきましたね」

――それで、整体クリニックを開業したというわけですか?

「30代の後半のときに『こうなったら店をやっちゃおう』と思って。その頃はセラピー全般をやっていて、セラピーのなかには整体もあるし、気功もあるし、いろんなものを自分のなかに取り入れていきました。最終的に骨格矯正に行き着いたというのは、人間は物理的に成り立っている存在だから、物理的に手当するのが一番はやいと考えたんです。セラピストの人って霊気とか気功とか心霊的なことに走る人が多いんですが、そういうことを知っておいたほうがいいと思って、知った上で今のジャンルに行ったという形ですね」

清水ろっかん先生

――最初は一般の人の腰が痛いとか、膝が痛いとか、そういうのを診ていたわけですよね。

「そうです。治療です。前置きが長くなってしまいましたが、美容を持ち込むようになったのは、今から15、16年前になりますかね。講談社の『VOCE』という雑誌から連載をやらないかと言われたことが始まりでした」

突然のオファーから始まった連載が、流通業の男を小顔矯正のプロに変えていく。
次号はその変身ぶりに迫る。

清水ろっかん interview#2:小顔矯正はオステオパシーというアメリカの医療を発展させたもの >>

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