幼いころからの夢を叶えた宝塚歌劇団。体型管理、体の不調に悩んでいた時ホットヨガに癒しを見つけた【ヨガ・ピラティス講師 美都くららさん】#1

宝塚歌劇団・星組娘役として活躍した美都くららさん。退団後のセカンドキャリアとして、ヨガとピラティスの講師になることを選びました。これまでは「自分の夢を叶えるために」頑張ってきた美都さんですが、現在は「人が喜ぶ顔が見られる仕事」に生きがいを感じているそうです。

どのような歩みを経てきたのか、お話を伺いました。

お話を伺ったのは…

ヨガ・ピラティス講師 美都くららさん

4歳から宝塚に入ることを目指し、15歳で宝塚音楽学校に入学。2012年に宝塚歌劇団の98期生として入団。星組の娘役として活躍する。喜びや挫折を味わった後退団し、セカンドキャリアを模索する中、ヨガインストラクターとピラティスインストラクターの資格を取得。ヨガ講師を育成するスクールの社員講師として数年を過ごしたのち、2024年よりフリーランスに転身。

MITO’S PROFILE

お名前

美都くらら

出身地

兵庫県神戸市

プライベートの過ごし方

おいしいお店開拓・ヨガやピラティスのレッスンを受ける

趣味

美容系のYouTubeを見ること、旅行、料理

憧れだったタカラジェンヌ時代に挫折を経験

宝塚音楽学校の卒業証書と退団の入り出写真。4歳からの夢を叶え、憧れのタカラジェンヌに。

――美都さんは元タカラジェンヌという輝かしいキャリアをお持ちです。

4歳の時に宝塚を初めて観て衝撃を受け、「大きくなったら宝塚歌劇団に入りたい!」と思ったのを覚えています。それからは、夢のためにさまざまなレッスンをして、15歳の時に念願が叶って宝塚音楽学校に入学しました。入学後も一生懸命学んで17歳で宝塚歌劇団に98期生として入団し、星組の娘役として活動しました。

――宝塚と聞くと、華やかな反面、体力面など厳しい面もあるイメージです。

そうですね。不規則な生活で、慢性的に睡眠不足の状態でした。また体型管理も欠かせません。特に娘役の場合、男役の方にリフトをされることもあるので、太ることはできませんでした。あと、太ってしまって衣装が入らなくなる、ということも避けなくてはいけませんし。

――常にダイエットをしている状態なんですね。

はい。でも10代後半から20代前半の女性なので食欲は旺盛です。しかも当時の私は「空気を吸うだけでも太ってしまう」体質だったので、余計にコントロールが必要でした。常に「食べちゃダメ」「痩せなきゃ」という考えにとらわれていましたね。

自律神経を壊し初めて体づくりについて考えた

――多忙な生活と体型維持、体は大丈夫でしたか?

私はもともと過度なぐらいの完璧主義者で、自分に厳しすぎたんです。ダイエットと睡眠不足、それ以外のストレスも重なって、ある時の舞台中、舞台袖にはけた時に立ちくらみがして倒れそうになりました。

「さすがにまずい」と思い病院へ行ったところ、自律神経のバランスが乱れている、という診断を受けました。

――自律神経失調症の一歩手前ということですね。

はい。その立ちくらみのほかにも、自律神経の乱れからきている不調はありました。とにかく食欲が抑えられないんです。食欲のコントロールが上手にできない。こらえきれずにドカ食いしてしまって、翌日は何も食べない、とかそういう状況が続いていました。

お医者様から自律神経が乱れている、ということを言われた時、私は自律神経という言葉も知りませんでした。そこから自分なりに調べて、交感神経と副交感神経というものがあって、そのふたつがバランスよく機能することが健康を維持するために大切だということや、規則正しい生活や十分な睡眠をとる必要があるということを学びました。

このことがきっかけで、これまでの完璧主義で、体調のことなんて二の次だった生活を見直すようになりました。

ヨガをすることで心と体が落ち着きを得られた

――ヨガとの出会いはいつですか?

東京の劇場で公演をしている時でした。劇場と寮の間にホットヨガスタジオがあって、なんとなく興味があって、同僚と行くようになったのがきっかけです。
19歳の頃でしたが、当時からホットヨガがはやっていたんですよ。

――舞台公演中にヨガをすると、逆に忙しくなりませんか?

公演によっては、舞台全部がお芝居だけの時というのがあるんです。そうすると下級生は出番がなくて、ずっと楽屋待機ということも。もしくは影コーラスだけとか最後の足上げだけの出番だったりとか。

そういう時に、「少し体を動かしたいな、リフレッシュしたいな」という思いがあって、ホットヨガに行くようになりました。

――初めてのヨガ体験はいかがでしたか?

「なんだこの優しい空間は!」と思いましたね。ちょうど自律神経が乱れていて調子が悪い時期だったということもあり、そういう穏やかな空気を無意識に求めていたのかもしれません。ヨガをしていると体の調子が良くなって、気持ちもスッキリするのを感じられました。

そこから劇団生活と並行してヨガに通い始めるようになりました。

――ヨガ講師の資格を取ったのはいつですか?

22歳で退団した後です。ちょうど22歳といえば、一般の人も大学を卒業して社会人1年生となる時期ですよね。私もしばらくゆっくりしながら、心機一転新しいことにチャレンジしてみようと思って、いろいろと模索していました。

宝塚にいた約5年間は芸事ひと筋だったので、社会のことは何も知りません。社会人として通用するスキルが自分には何もないということも自覚していたので、「セカンドキャリアとして、自分に合う仕事はなんだろう」と、まずは気になることすべて手を出してみることにしました。

そのひとつとして考えたのが資格取得。運転免許証やパソコンの資格と同じタイミングでヨガ講師の資格も取りました。そのころはまだヨガ講師になろうとは思ってませんでしたね。

22歳でタカラジェンヌという大きな看板をおろした美都さん。次にやりたいことは何かと模索する中で、ヨガ講師という仕事に出会います。後編では、ヨガ講師育成を行うスクールで働いた日々や、フリーランスになった経緯などについて伺います。

取材・文/皆川知子(tokiwa)
撮影/ワタナベミカ

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