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コラム・特集 2019-11-22

ブログで人生が変わりました。私の履歴書Vol.18【ネイリスト 林由美さん】#1

人気ネイルサロン「ミューラ」のオーナー・林由美さん。経営者としてネイル業界の発展のために数多くの活動をされてきました。なんと、ジェルネイルの種類である「ソフトジェル」・「ハードジェル」の名付け親でもあるとか!? 前編では、ネイルスクール時代の話や自身の転機の一つでもあるブログを書き続けた話を伺いました。

HAYASHI’S PROFILE

幼少時代〜学生時代

昔から手先が器用でネイリストになるのが必然的でした

——どのような幼少期を過ごされていたのでしょうか?

物作りがとにかく大好きな女の子でした。昔から人に喜んでいただくことが好きで、お菓子を作って近所や学校へ持って行ったりしていましたね。

——子どもの頃から美容には興味があったのですか?

母親が若く、かなりおしゃれな人でした。原宿でステッカーを買ってきて爪に貼ってくれたりして、「大きくなったら由美ちゃんも自分でやりな~」なんて母親が言っていたことが現実に(笑)。

母親の影響もあり、高校生の頃からずっとネイルサロンに通っていて、スカルプチュアにハマって付けていました。なんと当時10本で6万円ですよ(笑)!? しかも、スカルプチュアの持ちは2週間でした。アルバイト代を全て爪のためにつぎ込んでいました。自分が施術を受けるだけでなく、その頃から自分でネイルチップをデザインして作っていました。

——ご自身のルーツが今につながっているのですね。高校卒業後はネイルの専門学校に進まれたのですか?

いいえ。最初は服飾科のある短大に進んで、洋服作りをしていたんです。アパレルの道に進んだ後、不動産会社に勤めていました。でも、高校生の頃からネイルケアをしていたこともあって、ずっとネイリストに興味がありました。有名ネイリスト・黒崎えり子さんのサロンにネイルをしに通っていたときに、ちょうどスクールがオープンするという話があったんですね。ネイリストさんから「林さん器用そうだし、通ってみたら?」とお声がけいただいて、そのまま入学した感じです(笑)。

——器用だったとはいえ、スクールで苦労したこともあったのでは?

技術はすんなりうまくいくだろうと考えていたのですが、現実は甘くないですよね。お花を描かなくちゃいけないのに、ヒトデみたいになっちゃったり(笑)。頭で考えていることを形にするっていうのがこんなにも難しいんだと実感しました。バランス感覚を身につけるまでは苦労しましたね。それでもネイルをすることが楽しくて仕方がなかったです。寝ている以外はずっとネイルをやっていました。その後は、国内のネイルコンテストに出て優勝する他、3大会連続5部門受賞するなどして着実に実力をつけていきました。

——ネイルスクール卒業後はどこかのネイルサロンに勤められたのですか?

卒業後、すぐに独立して起業しました。自分の家でプライベートサロンを始めましたね。ただ、一人でやっていると最先端の情報が入ってこなくなってしまうので、卒業生が通えるコースに通ったり、認定講師の資格を取りにいったりするなどして勉強は続けていました。当時は、ネイルの変遷が激しい時代だったので、スカルプチュアからジェルネイルの時代になって、爪の形がスクエアオフからオーバルになったり、単価も徐々にお手頃価格に変化していくのが分かりました。

——独立後、苦労したことはありましたか?

プライベートサロンならではの悩みですが、スケジュール調整に最も苦労しました。全部自分一人で、朝から晩までやらなければならないので。とにかく休みなく働いていましたね。

転機

『ブログ』で発信し続けたことで、ネイル業界の発展にも繋がったと思います

——起業後、何かご自身の転機となる出来事はあったのでしょうか?

その頃「ネイル改革」をするんだという若き目標がありまして。というのも、普通の女性が身だしなみの一環としてネイルを取り入れられるような社会にしたいなと思ったんです。当時は、髪の毛は黒くなければならないし、爪も塗らないのが当たり前というのがOLの風潮。どう変えればいいか考えたときに、自分の考えを発信できるブログに出会いました。

——昔は今ほどSNSが発展していなかったですよね。

もちろんSNSに疎い時代だったので、他のネイルサロンでブログを書いている人なんていませんでした。ブログの先駆けだったと思います。そのとき私のブログの投稿を見ていた友人から、勤めている会社の事業部でブログを書いてくれないかと誘いがありました。そこの企業は男性の方も多く働いているとこだったので、ネイル改革を発信するにはちょうどいい! と思いました。

もちろん引き受けて、『女性がネイルをすることによって綺麗になっていいですよね』というような主旨の内容のブログを書き続けていきました。徐々に、ネイルというものが男性にも認知されていったと思います。ずっとブログを書き続けていたことで、全国有名ネイリストランキングで1位を取ったこともあるくらい! 今でもブログは私の大切なツールの一つです。

——ご自身の中でもブログは転機の一つだったのですね。

ブログを書いていたことによって、いろんなことを発信することができました。他にも、ジェルネイルの種類名である「ソフトジェル」や「ハードジェル」という名を命名して、普及させたことも大きいです。当時、「カルジェル」や「バイオジェル」といったメーカー名で世の中に浸透してしまっていたんですね。

お客様から電話で「カルジェルありますか?」と聞かれて「バイオジェルならありますよ」と言ったら予約に繋がらないと言ったことも。当時の予約は電話が主流だったので、施術中のお客様の手を止めることもありました。どのサロンもメーカーの違いだけなのに! という歯がゆい思いをしてきました。

そこで思いついたのが、「ソフトジェル」と「ハードジェル」という言葉。この言葉をブログで提案したところ一気に広まり、記事拡散もしてもらえて予約問題の解決にも繋がりました。

——今ではソフトジェルやハードジェルという言葉が当たり前に使われていますよね。他にも何か命名されたのでしょうか?

「ジェルリスト」という言葉を商標登録しています。今、ジェルネイルが主流なので、ジェルネイルが出来ないと、現場では働いてもらうのが難しいんですね。そこで、ジェルネイルのスペシャリストを育てたほうが早いのではないかという発想から生まれた言葉です。もし、今後協会などを立ち上げることができるのであれば、ジェルリストの認定をして即戦力のある子を育てていけたら嬉しいなと思っています。

ネイル業界の発展のために、ブログを通じて様々なことを普及している林さん。後半では、ネイルサロンのオーナーになるまでの話や将来の展望などを語っていただきました。

▽後編はこちら▽
続けることと挑戦を大事に!私の履歴書Vol.18【ネイリスト 林由美さん】#2>>

取材・文/梅澤 暁
撮影/中村 早

Salon Data

Nail Salon MYURA(ネイルサロン ミューラ)

住所:千葉県船橋市前原西2-5-4
TEL:047-472-1000
林さんのBlog:https://ameblo.jp/nail-salon-myura/

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