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コラム・特集 2021-02-16

言語の壁を乗り越え、着実に夢を叶えています。私の履歴書 Vol.34【Colors nail ネイリスト ファンファンさん】#1

繊細で独特なアートネイルが人気なネイルサロン「Colors nail」代表のファンファンさん。多くの芸能人が通い、愛されているサロンです。そんなファンファンさんは、台湾で生まれミャンマーで育ったという経歴を持っています。日本語が理解できないところからスタートした日本での生活。前編では、自身でお店を開くまでの道のりを伺いました。3つの夢を設定し、夢に向かって全力を尽くすファンファンさんの行動力は必見です!

FAN FAN’S PROFILE

幼少期〜日本へ来日

日本に来たのは18歳のとき。悔しさをバネに頑張りました

――幼少期の頃について教えてください!

私は生まれたのが台湾で育ったのがミャンマーというちょっとややこしい感じなんです(笑)。高校までミャンマーにいて、オーストラリアにも留学していました。日本に来たのは18歳のときです。当時は、ジェルネイルなどなくマニキュアくらいしかありませんでした。マニキュアでお母さんの携帯の上に絵を描いてよく遊んでいましたね。

遊んでいる様子を見たお母さんが「ネイルスクールへ行ってみる?」と提案してくれたののがネイルを学ぶきっかけ。難民の人たちにネイルを教えながら、仕事として技術を身に付けられるようにと指導されている方がいて、その方にネイルの基礎を特別に教えていただきました。

――ネイルを始めるきっかけはお母さんだったんですね。日本に来たきっかけは何ですか?

元々はイギリスの大学に行く予定だったんです。その前にお小遣いを稼いでからイギリスへ行くため、日本に来ました。お小遣いを稼いだらイギリスへ行く予定だったのですが、日本にいるのが楽しくなってしまって(笑)。そのまま日本に住むことになったんです。

――言葉など苦労したのではないでしょうか。

最初は本当に苦労しました。台湾語とミャンマー語、あと小さい頃からインターナショナルスクールに通わせてもらっていたので英語は話せたのですが、日本語はさっぱり。周囲の人たちが何を言っているのかわからないだけでなく、当時はまだ外国人が受け入れられていなかった時代だったので「外国人」ということだけで嫌なことを言われることが結構ありました。それが大変でしたね。でもその経験があったからこそ、絶対に日本語をマスターしたいって思いました。

その後、日本の学校に行きながら言葉を学んでいただのですが、楽しく勉強することができず思い切って辞めて、社会勉強としてアルバイトをしたり、街で声をかけて友達をつくったりしながら、言葉を習得した感じです。そのときに声をかけた女の子とは今でも友達ですよ!

――それはすごいですね。実際にネイルを学び始めて壁にぶつかることはありましたか?

私はむしろすごくハマりました。自分の頭の中にいろんなアイデアがあるので、常に何かを描いていたいんです。むしろ何か描いていないと頭がおかしくなっちゃうくらい(笑)。描いて形にしたいと思っていたことがネイルで再現できる、自分にとってはネイリストが天職だと思っています。落ち込んだときはすぐ仕事場に来て、何かを描くようにしているんですよ。

開業期

3つの夢を作って実現に向けて動いています

――ネイルを学び始めてからはどのようなステップを踏んだのでしょうか。

まず、24歳のときに3つの夢を作りました。一つ目の夢が「社長になること」、二つ目の夢が「不動産の仕事をすること」、三つ目が「老人ホームを作ること」。初めて人生計画をたてたんです。

――「社長になる」という夢はネイルサロンを作るという意味でしょうか?

自分が何を一番したいか考えたときに、日本にいるためにはちゃんと仕事をしていかなきゃいけないと思いました。当時若かったしバカだったので、「社長になりたい!」というフワッとした目標だったんですけど、基礎はできていたので1年間ぶっ通しで仕事をして開業資金を貯めました。そして、25歳の後半にオーナーとして「Colors nail」をオープンしたんです。

――残り2つの夢についても教えてください。

インテリアや内装・建物など、不動産にまつわることが好きだったんです。それに関する仕事に携わっていたいなと思いました。今は、店舗内装のコンサルティングを少しやったりしています。

3つめの夢は、おばあちゃんやおじいちゃんが好きなので、老人ホームを作りたいなと思ったんです。私が1つめの夢を叶えるために頑張っているときに、老人ホームで働いている人たちの給料がとても低いというニュースを見ました。私のお母さんも介護の仕事を手伝っているのですが、「本当に大変」と言っています。私と携わってる老人ホームにいる人たちが幸せになれるようなアーティスティックな環境を作りたいと思っています。これが私の最後の夢です。50歳や60歳になったときの夢なんですけどね!

――若い頃から夢を作って実行しているのがすごいです!

ありがとうございます。

当時、ひとつ目の夢を叶えるために自分なりに努力をしました。「努力をすれば夢は叶う」「夢は叶えられるんだ」と実感することができましたし、それはとても幸せなことだと改めて思うことができましたね。

小さい頃、母からよく聞いていたのは「日本は素晴らしい国である」ということ。だから日本に働いてみたいと思ったんです。3つの夢があるからこそ、今一直線で頑張ることができています。

――お店を作る前はどこかで働いていたのですか。

1つめの夢ができるまでは、バイトでいろいろな経験をしたいと思い、恵比寿のほとんどのネイルサロンの面接を受けたんです。でも、全部受からなくて(笑)。理由はわからないですけど、外国人だからということもあったのではないかと思います。当時、資格を持っていなかったことも大きかったのかなと。今は資格がなくても上手なネイリストがたくさんいるので、今の方が生きやすいと思います。

この経験は、余計に「自分でやるしかない!」と追い込まれた出来事でした。

――お店を作る上での苦労とかはありましたか。

周囲の方々に協力いただきました。パートナーに裏側の管理をしていただいて、二人三脚でやっている感じです。

最初は、朝の10時からオープンして深夜の2時まで開けていたのですが、一人もお客様が入らなかったんです。お店で寝泊りしながら「お客様が来てくれるといいな」といつも思っていましたね。

――今もその営業時間ですか!?

そうです。今も同じ時間帯で開けています。昨日も仕事が終わったのは深夜の1時半です。昔は深夜の3時にお仕事が入ったとしてもやっていました。とにかくがむしゃらだったんです。

お客様にデザインをお任せしていただけるのが好きなんです。任せていただけると自分の思考をそのままネイルにぶつけることができるので、最大限の力を発揮できます。今お越しいただいているお客様はオーダーされずに、完全にこちらに任せていただけていて。いつの間にかお客様との信頼関係が出来上がっていました。

言語の壁を乗り越え、自身でお店を開業したファンファンさん。夢を実現するためにがむしゃらに行動する姿があまりにも印象的でした。後編では、自分の限界を突破するきっかけとなったファンファンさんのターニングポイントなどをお届けします。

▽後編はこちら▽
私に関わる人たちはみんなハッピーでいてほしい。私の履歴書 Vol.34【Colors nail ネイリスト ファンファンさん】#2>>

撮影/中村 早
取材・文/梅澤 暁

Salon Data

Colors nail

住所:東京都渋谷区広尾1-12-15 リバーサイドビル20B
TEL:03-6409-6515
Fan FanさんのInstagram:@fanfan_colorsnail

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