【人材育成の極意を探る】Cocoonが最初に目指したもの。それは「人が辞めないサロン」 Cocoon代表 VANさん #1
サロン経営を軌道に乗せるには集客や売上だけでなく、人材の育成も大切な課題のひとつ。優秀な人材を何人も輩出し、かつ「ここで学びたい」、「ここでキャリアを築きたい」という希望者が集まるサロンに、人材の育成についてお話を伺います。
今回ご紹介するのはCocoon代表のVANさん。Cocoonで働くスタッフにはカットなど技術的なレベルだけでなく、気遣いのある接客にも定評があります。なぜこのような人材を育成できるのか、前編ではVANさんがCocoonを立ち上げた当初から心がけていたことを中心にご紹介します。
お話を伺ったのは
Cocoon代表 VANさん
1972年生まれ。長崎県出身。3店舗を経て2009年、表参道に『Cocoon』を立ち上げる。サロンワークを中心にファッション誌や業界誌のヘア、コンテストの審査員、Cocoonオリジナルのノンブローカットの講師など幅広く活躍している。
離職者が多い業界だからこそ、目指したのは「離職者を出さないサロン」
――Cocoonは離職率がとても低くて、しかもスタッフみなさんの雰囲気がいい。VANさんがスタッフに対して心がけていることは何ですか?
今は僕からスタッフに「これをやれ」「あれをやれ」と命じるようなトップダウンはしていないですね。もう時代に合いませんし、通じません。
僕がサロンを立ち上げたときから言っているのは、「相手の基準値を理解してから自分の行動を決めなさい」ということ。相手の物差しと自分の物差しにはズレがあるもの。そのズレを考えないと、自分の考えを押しつけるように受け取られます。これはお客さまに対しても、後輩を指導するときも同じです。相手の理解度や価値観を考えずに話をすると、「何で分からないんだ!」って自分の考えの押しつけになってしまう。誰しも自分の物差しは分かっていても、相手のことは分かりません。相手の物差しと自分の物差しのズレが分かれば、お互いの課題が見えてきますよね。
――「俺についてこい」的な指導ではないのですね。
そうしたくても、その指導法はもう流行りませんね(笑)。
確かに、その昔は「俺が」「俺が」という時代もあったかもしれません(笑)。スタイリストになってから最初のうちは順調に売上が伸びましたが、ある一定よりは伸びなかったんです。ファッションを変えるなどいろいろ試しましたが結局、本質を突き詰める覚悟がなかったことに気づきました。売上を伸ばすには、お客さまが求めていらっしゃることを優先させるだけではダメ!でも、デザインを呈して本人のキャパを無視してもダメ。お互いの物差しを理解し合うことが長く付き合う上でいちばん大事なこと。お客さまに対してもスタッフに対しても根幹は同じです。
この仕事って「伝達産業」だと思うんですよ。スタッフには技術や接客、美容師として大切なことを伝えたいし、お客さまにはご自身が思い描いていらしたスタイルを超えたものを一緒にご相談しながら提案したい。そこのスタートに僕の価値観やセンスの押しつけはいらないんです。僕の価値観なんて、スタイルの最後に隠し味程度に入っていればいいんですよ(笑)。
――Cocoonで、そのお考えを実践なさるようになったきっかけは何ですか?
この業界は離職者がとても多いんです。
それで僕が独立するとき、先ずは人が辞めないサロンを目指しました。もちろん、それだけが正解ではありませんが、せっかく出会った縁を切りたくない。できれば一緒に墓場まで(笑)。人が辞めずに本質を伝えられるサロンにするにはどうするのか。いろいろ考えました。
7年目に初めての離職者。重く響いた「スタッフと家族になるのは難しい」のひと言
――どんなに心を砕いても、離職する方は出てしまうものですよね。
Cocoonを立ち上げてから7年目に初めての離職者が出ました。それが、今プレスをしているヒロセです。スタッフとは本物の家族より一緒に過ごす時間が長いし、当初スタイリストは僕ひとりでしたから「この子たちと家族にならないと早く一人前に育てられない」という想いがありました。絆やつながりを持つことを「家族」という言葉で表現していたんです。
そうしたら、ヒロセから「他人と家族になるのは難しくないですか」、「人間関係が重たすぎる」と言われてしまって。すごくショックでしたね。お店のキャリアと共に世代も混ざり、価値観が多様化しているなか、僕が良いと思っていること=サロンにとって正しいことや選択肢が悪気なく一つしかなかったことに気づきました。自分の物差しだけで良かれと思い判断していたんですね。時代ともに考え方も価値観も変わります。今、思うと経営者としてもっと早い段階で「多様性と表現の選択肢」が必要なことに気づくべきでした。時代とともにものの考え方は変わります。本質は守りつつも表現を変えていくことも大事です。
――ヒロセさんはプレスとして復職しますが、辞めた後もつながりはあったんですか?
彼女は辞めてからも、髪を切りに来てましたから。彼女が美容業界とはまったく違う企業に転職して、結婚、出産したのも知っていました。ヒロセの子どもが2歳になって、そろそろ再就職を…と思っていたんでしょうね。彼女が髪を切りに来たとき、「Cocoonはものすごく温かい会社だった。社会復帰するなら、Cocoonみたいな会社に入りたい」って、ポロッとうちのスタッフに漏らしたんですって。そんな話を聞いたらすごく嬉しいじゃないですか。じゃあ「ヒロセのためにプレスをつくろう」ということになって、復帰してもらいました。
――いったん辞めた方が、勤めていたサロンに髪を切りに来るのは珍しいですよね?
それは辞め方じゃないですか? 人って辞める原因を自分以外の人や環境のせいにすることが多くないですか? 本当の原因は自分の弱さにあることを認めてしまえば、誰かのせいにしたり、変な嘘を自分や周りにつかなくて済む。目の前の現実逃避で「人の縁を切る」のは本当に人生にとってもったいないこと。辞め方は始め方より大事かもしれませんね。
僕がCocoonをオープンするとき、前に勤めていた3つのサロンから僕の師匠にあたる3人の代表がお祝いに来てくれました。僕は常々、「髪は切っても縁は切らない」と思っています。世間は狭いですから、縁を切ってしまうとその後の可能性まで狭めてしまう。たとえいがみ合ったとしても、そこで学んだことは縁であり、変わらない事実。その積み重ねが財産になっているんだと思います。
これを読んだ人たちが「縁の大事さ」を感じてくれて、変なご法度で辞める人が業界から減れば嬉しいですね(笑)。
スタッフ証言
Cocoon プレス・ヒロセさん
「技術だけでなく人としての成長も大事にするのがCocoon」
最初に入社したのが2012年で、3年間勤めました。社会人になって間もない私は「家族」という言葉が仕事もプライベートも一緒にされてしまうように感じてしまったんです。今、振り返ってみると「仕事だけではない繋がりをスタッフと築いていきたい」という意味を込めての「家族」だったと解釈できるのですが…まさに若気の至りですね。
Cocoonを離れてからは美容とはまったく関係のないIT企業に勤め、結婚や出産を経て、2018年にプレスとして復職しました。離職後の経験で私自身のものの見方や価値観が大きく変わり、最初に勤めていた時は分からなかったことが、復職してからリンクしていくようにスッと自分の中に入ってきて、そこで改めてVANの本当に伝えたかったことが分かったように思います。
言葉や伝え方が変わっても、芯にあるVANの人との繋がりを大切にする熱い想いは当時も今も変わらず、その想いはCocoonに受け継がれていることではないかと感じています。
離職してしまった人に対しても思いやり、「つながり」を大切にするVANさん。その懐の深さがCocoonの魅力にもつながっているのだと感じました。後編では「個性」の考え方、「間」の取り方についてじっくりご紹介します。
撮影/古谷利幸(F-REXon)