脅威のスタッフ定着率!ネイリストが辞めないお店のつくりかた【NAILsGUSH・NAIL MAFIA オーナーネイリスト/木下さとこさん】#2
前回に引き続き、ネイルサロン「NAILsGUSH」「NAIL MAFIA」オーナーの木下さとこさんにご登場いただきます。
地域密着型と個性派アートという、まったく異なるコンセプトの2ブランドを成長させている木下さん。後編では誰もが驚くスタッフ定着率と、それを実現させている木下さん独自の人材マネジメント術について詳しく伺いました。
お話を伺ったのは…
NAILsGUSH・NAIL MAFIA オーナー 木下さとこさん
ネイルサロン4社を経て、2015年株式会社CSGを設立。地域密着型サロン「NAILsGUSH」と、個性派アートに特化した「NAIL MAFIA」を展開中。セミナー講師やオリジナルジェル「極ジェル」プロデュースなど、活躍の場を広げている。2歳・4歳の育児にも奮闘するママ経営者。
木下さとこさんのInstagram:@nailsgush_nailmafia_kino
多様な価値観を受け入れることが事業成長の秘密
――ネイルサロンが飽和状態にある現在、お店が成長を続けられている理由はどこにあるとお考えですか?
働く人に恵まれていることに尽きます。これは自慢なんですけど(笑)、うちの会社は「多様性を楽しもう」という文化がスタッフ全員に根付いているんですよ。他者の考えを受け入れた上で議論できる土壌があるから、スタッフは安心して意見を交わすことができるし、アイデアの幅も広がる。結果「人が辞めない→会社が発展する」という好循環が生まれています。
――他者を受け入れるのは難しいことだと思います。その意識はどのようにして浸透したのでしょうか?
当社では、入社後の座学で、理念・ミッション・カルチャー・行動基準・マインドを明確に共有しています。ネイリストってそもそも何のためにいるの?と自分達をメタ認知するところから始まり、他者を承認すること、自分の感情を大切にすること、成長を喜ぶことってなぜ大切なの?といった内容まで、生物学、心理学、歴史などのさまざまな観点から学んでいきます。
スタッフマネジメントや人事のトップに”ひろみ”という管理職の女性がいるのですが、彼女は私とは真逆の性格。どんどん拡大発展して新しい景色を見たい!という私とは対照的に、
「仕事は最小限に抑えたい」「拡大よりも質の担保」「トラブルが発生した際はまずスタッフの心のケア」と、まぁとにかく正反対です(笑)。
でも、お互いの根底には「お客様の幸せ、スタッフの幸せ」を願う心が同じく存在していることを知っています。だからこそ、意見が対立しても対話を諦めることはしません。そこには「互いに承認し歩み寄ることができる」という、心理的な安全性があるのです。
彼女が自分とは違う視点から意見をくれることで、みんなの心を置いてけぼりにするような判断をしていないかな?と後ろを振り返ることができています。それに「こんな考え方もあるんだ!」という気付きの機会がたくさんあることで、世の中は多様であるという大前提を忘れずに市場を見ることもできると思っています。
お店・ネイリストの両者にとってWin-Winな働き方を提案
――会社全体の柔軟な雰囲気や人間関係の良さが感じられます。スタッフの定着率はどのくらいですか?
美容業界の平均離職率をご存知ですか?1年目で50%、2年目で80%といわれています。
一方、NAILsGUSH・NAIL MAFIAには現在40名程度のスタッフがいますが、今年の離職は現時点で寿退社の1名のみ。オープンからの6年間、離職率5%〜10%未満を維持しています。
――それはすごい!長く勤めてもらうための秘訣は?
先ほどの入社後の座学のほかに、管理職向けにオリジナルのリーダープログラムを用意しています。私がこれまで勉強したコーチングの内容や、幼児教育のメソッドなども取り入れたオリジナルのものです。人間が成長する過程を理論的に理解し、現場で実践を含め3ヶ月に渡って学んでいきます。
プログラム内容の一部をお伝えすると、相手を「分からない・分かる」という感覚があるなら、それをそもそも捨てなさい、といったことを伝えています。「あなたのことが分からない」リーダーがそう諦めてしまうと、関係に分断を生みます。しかし、「あなたのことを分かった」と思った瞬間、それは偏見を生むのです。
人をカテゴライズすることで思考を簡略化し、定型の評価を振りかざすことは、多様性を奪います。特に、うちはアートに特化したネイルサロンですから、個性が強く感覚の鋭い、アーティスト人材が多いんです。コミニュケーションを怠ってしまうと、チームはすぐに崩壊してしまう。従って、このプログラムを通して、個別性の高いスタッフ育成をストレスなく行うための手法を学んでいくのです。
――NAILsGUSH・NAIL MAFIAの求人を拝見すると、かなりの高待遇であることにも驚きます。
ネイル業界は、なぜこんなにも個人サロンという形での独立が多いのか?と問いを立てた時に、現存の人事評価制度に問題があることに気がつきました。キャリアプランが「管理職への昇進」一辺倒なんです。プレイヤーがより高い収入を得るには、管理職になるしかない。でも本来は、プレイヤーとしてその腕を磨き続けることも、リーダーになることと変わらず尊いはず。
リーダーになることや、数字管理を苦手とする人もいて当然です。そういう人達も、頑張った分だけ高い収入になるような人事評価システムを構築しています。当社は月のお休みは10日間、8時間きっかりで残業はゼロ。それでも、月収40万円を超えるプレイヤーネイリストは珍しくありません。
管理側として新しいチャレンジをするも良し、技術を追求してスペシャリストを目指すも良し。結婚・出産などを機に気持ちが変わったっていいと思う。働く人それぞれが納得できる、自分らしい生き方を支援するのがポリシーです。
――これも「多様性」がキーワードですね。
その通りです。私は、従来のピラミッド型組織ではなく、円のような組織をイメージしています。円の中心に私はいるけれど、高さはフラット。中心での仕事に興味がある人はそこに集まればいいし、そうで無い人は円の中の好きなところで好きな仕事に没頭したら良い。そこには上下関係はありません。
理念やミッションは掲げるだけでは意味がなく、それを実装できるよう、社内システムを常に見直しています。
現状維持は衰退するだけ。攻める姿勢を忘れずに、自分自身も楽しめる仕掛けを
――オープン以降ずっと順風満帆だったように感じますが、うまくいかなかった時期などはありますか?
2017年が転換期といえるかも。徐々にサロンが認知され、外部から良い評価を受けるようになった時期です。それまで攻める姿勢が当たり前だったのに、ようやく手にした小さな成功を守りたいと、私を含む社内全体が保守的な雰囲気になってしまいました。
――その空気感の変化は、どういった形で表面に現れたのですか?
明らかに採用が滞りました。応募はたくさん来るのに、1年間1人も採用に至らないことがあり、原因を調べたところ、みんなの思考が保守的に変化していることに気が付きました。
お店のクオリティを落としたくない一心で、「今ひとつ経験が足りない」「うちの社風に合わない」と、まるで存在しないような完璧な人材を待つ体制になってしまっていました。
――質の維持と考えると、悪いことではないのかなとも思いますが?
でも、現状維持って衰退でしかありませんよね。新しいことへの拒否は何も生み出さないし、せっかく手に入った成果もこぼれ落ちることはあれど増えることは決してない。
そこで、頑張れば必ず報われるように人事評価制度をさらに改革。また、私も採用面接に参加して意見を出すことで、会社の理念・方針をスタッフとより深くシェアするよう努めました。
――流れを切り替えられたことが、現在の快進撃につながるのですね。
私の場合、マーケティング戦略と人事評価はかなりリンクさせて動いているので、新しい人材なしには思い切った一手が打てません。自分の思考を常に疑い、内面に向かって問い続ける感覚の重要性を、改めて実感することができた良い経験となりました。
――今後の展開を教えてください。
都内にあと何ヵ所か出店したいエリアがあって、そちらを押さえた後は海外進出を考えています。国外で利益を上げたいというより、NAIL MAFIAの広告の一環という意味合いで考えているので、場所はL.A.かニューヨークをイメージしています。数年内には実現したいですね。
――新しいチャレンジ、楽しみですね!
入社してくる新人さんには、必ずこの言葉をかけるようにしています。「まずは応援される人になりなさい。それがあなたのスタートラインです。」
10年前、ヤマンバギャルから引きこもりニートという自己愛だけだった私の人生を、素晴らしいものに変えることができたのは、仲間やお客様がたくさん応援してくれたから。「あなたに会ってネイルをしてもらうことが、私の楽しみ」初めてお客様にそう言っていただけた時の感動を、忘れたことはありません。
この世界で人に必要とされる喜びを、より多くの後世に伝えていくことが自分の責務だと思っています。
店舗経営に必要な3つの視点
木下さんがサロン経営を行う上で大切にしている3つのポイントを伺ってみました。
1.市場を分析し、自分で仮説を立てる
2.現場・マーケットで仮説を実践してみる
3.結果をフィードバックする
木下さん「希望的観測とファクト(事実)を見間違えないよう要注意。お店や会社の規模に関わらず、分析は常にファクトベースで行うこと。また、物事は近くで見ることと俯瞰して見ること、両方が必要です。」
今回お聞きした経営論はどれも興味深く、そのすべてを詳しく紹介できないのが残念。今後はネイルにとどまらず、幅広いジャンルでの活躍が期待される彼女から目が離せません!
取材・文/黒木絵美
撮影/喜多二三雄