お客さまが外に連れ出してくれたおかげで、私のネイリスト人生が色鮮やかに 私の履歴書 Vol.36【爪飾工房 田賀美鈴さん】#2
南青山にあるネイルサロン「爪飾工房」には、華道家からアニメ好きの女子まで、幅広い客層の方が通います。オーナーの田賀美鈴さんは、ソフトジェル「カルジェル」を20年以上使い続け、日本で最もカルジェルを知り尽くしていると言っても過言ではないネイリストです。
前編では、イギリスでネイリストデビューをしたお話や独立するまでの道のりをお聞きしましたが、この後編では、田賀さんがネイリストとして大事にしていることを伺いました。お客さんのある一言が、仕事一辺倒だった田賀さんの人生を変えたのだとか。
独立〜現在
お客さまのふとした一言が世界を変えた
――田賀さんのデザインは、その色彩美にうっとりします。普段どんなところからインスピレーションを受けているのですか?
小さい頃から両親に色々なところへ連れて行ってもらった経験が生きているんだと思います。京都に行って襖絵を見たり、雛人形の展示会に行ったり。父親は日本建築や数寄屋建築を扱う建築会社を経営していて、装飾芸術や日本美術が大好きだったんですよ。
それに、私自身も大学時代に京都に住んでいたので、伝統工芸を見る機会は多かったし、イギリス時代もアート&クラフトの街だったので言わずもがな。これまでに見てきた芸術が、自然に頭の中にインプットされているんだと思います。
あと、お客さまがデザインのきっかけをくれることも多くて。「こういう美術展があるんだけど、田賀さんにとってアートの参考になるんじゃない?」と色々と教えてくれたり、本をくださったり。実はこのサロンの本棚の5分の1はお客さまからのいただきものなんです。
お客さまからオーダーがあったときは、自分の頭の中の引き出しからイメージを取り出す。私は、自分の個性を出すというよりも、たくさんの記憶の中からデザインを引っ張ってくるタイプですね。
――これまで見てきた芸術作品が田賀さんのデザインのルーツなのですね。あと、田賀さんの作品は、全て手で描いたとは思えないほど、繊細で緻密。本当に圧倒されます!
私の信念は、丁寧に書く。でもスピードは落とさない、ということ。どんなデザインでも長くても2時間半以内に仕上げるようにしているんです。このスタイルを20年間ずっと貫いてきました。お客様に気に入ってもらうということは、これだけ歴の長いネイリストとしては当たり前のことですし、時間をかけて丁寧に仕上げるのは誰にでもできることですから。
――これまで続けてこられた秘訣とは何ですか?
ネイルアートが大好きという気持ちがまず一つ。
そしてもう一つが、お客さまに恵まれたこと。お客さまは本来ならネイルをしに来てくれただけなのに、ネイリストのことも教育してくださったんです。
――お客さまがネイリストを教育?
私、昔は「これだけ仕事してます」「これだけ寝てません」という感じの仕事人間だったんです。そんなとき、お客さまに「あなたが人生を楽しんでくれないと、私達もここに来て楽しくないんだからね」とポロッと言われたんです。そのときは言われた意味がわかりませんでした。「こんなに仕事しているのに、まだ私に足りていないことがあるの?」って。
でもよく考えてみたら、私はいつもお客さまと会話が続かなかったんです。「田賀さん、どこか面白いところに行った?」と聞かれても、いつも何も答えられなくて。本屋にも行っていない、ランチにも行っていない、遊びにも行っていない。当時は一年の中で10日もお休みがなかったので、どこかにお出かけする余裕はなくて。でも、どこにも行けないということは、インスピレーションが得られないということ。つまりアートがワンパターンになることを意味するんです。
「これはヤバいぞ…!」と気づき、それからは何がなんでもお休みを取って、外に出かけるようにしました。私が大好きな着物だって、もとはといえばお客さまから勧めていただいたから。「お着物を着て一緒に出かけましょうよ」と、お客様が歌舞伎やミュージカルに連れ出してくれるようになって、休日がどんどん充実していきました。それが39歳の頃ですね。
――田賀さんが多趣味なのは、お客さまがきっかけだったのですね。
歌舞伎にもミュージカルにも詳しくなると、「このネイリストさんは色々知っているよ」と、お客さまがまた違う方を紹介してくださるようになって。そうやってここまでつないで来たんです。
お客さまからいただいた「人生を楽しむ」という言葉のおかげで今の私があります。私がつまらないネイリストだった頃もずっと通い続けてくださっていたこと、そして私にたくさんのことを教えてくださったお客様が何人もいらっしゃったこと。本当に感謝しかありません。
私に着物を勧めてくださった方は一昨年にお亡くなりになり、私が最初にお見送りしたお客さまとなりました。最期にネイルをさせていただき、私のネイルとともにお棺に入ってくださったんです。とても光栄なことですよね。
――お客さまとのそのような信頼関係ができるって素敵ですね。
どの職業でも長くお付き合いのある顧客はいると思います。私くらいの年齢になると、技術ができて当たり前、早くできて当たり前、要領が良いのは当たり前。何でもできて当たり前という領域に入ってきています。
その上でお客様にお越しいただくためにプラスで何が必要かというと、人間性とか、やはりそういう話になるんです。だから、私はまっとうに生きていかないといけません。あまり「マンガが〜」とか言ってる場合じゃないかも(笑)。
――オタクという一面も、違う世代のお客さまと仲良くなれるきっかけになりそうですけどね。
確かに「アニメオタクです」とカミングアウトしてからは、若い方にキャラネイルをオーダーされることが増えましたね。
未来
外国人が日本のネイルを学べるシステムをつくりたい
――これからの夢はありますか?
夢はもう叶っているんです。好きなことを仕事にしているし、お友達もたくさんいるし。あとは、どれだけクオリティを落とさずにこの仕事を続けていくか、ですね。ベッドの上で死ぬのは嫌で、仕事が終わったあとにバタッと死ぬ。それが私の理想の死に方なので、これからも全力で仕事をやり抜きますよ。
目標でいうなら、今、活動の4分の1くらいがセミナー講習などの教育なのですが、できれば「教える仕事」をさらに充実させたいという気持ちもあります。自分がやってきたこの仕事の楽しさを多くの人に伝えていきたいです。
――教える仕事に就きたいという昔の夢が今、思わぬ形で実現できているということでしょうか。ちなみに外国にベクトルを向けていたりも…?
外国人が日本のネイルを学べるシステムをつくりたいと考えているところです。たまに浅草で外国人をガイドするボランティアをしているのですが、日本のネイルサロンを目当てに来日する外国人の方がたくさんいるんですよね。一方、ネイリストの方は、英語ができないからという理由で二の足を踏んでしまっているように感じます。それが少しもったいないなと思っていて…。
コロナ渦で白紙になってしまいましたが、実は浅草でネイルサロンを構える予定だったんです。面貸しをして誰でも使えるように、そして外国人の方にネイルをしやすい環境をつくりたかったんです。今の状況が落ち着いたら、今度こそ実現させたいですね。
田賀さんの成功の秘訣
1.好きなことを続ける
2.色々な場所に出かけて、たくさんのものに触れる
3.お客様との付き合いを大事にする
▽前編はこちら▽
「身だしなみ」という英国ネイル文化に「アート」の風を吹かせました 私の履歴書 Vol.36【爪飾工房 田賀美鈴さん】#1>>
取材・文/佐藤咲稀(レ・キャトル)
撮影/柴田大地(fort)