過労から病になった経験を、新たなステップへ進む原動力に【美人サロン ‐Space‐ 恒吉美花さん】#1
美容業界で働く上で「独立」という目標を持つ人は多いはず。そんな方に向けて、独立で成功している先輩オーナーの経験談をお届けする本企画。
今回お話を伺ったのは、エステでメンタルの不調をケアする「美人サロン ‐Space‐」オーナーの恒吉美花さん。エステ業界でも珍しい、メンタルに着目したメソッドを生かし、どのように独立を果たしたのでしょうか。
前編では、メンタルスキンケアをビジネスとして発展させるまでの苦労についてお聞きしました。
若年性更年期障害になって気づいた、美容とメンタルの関係性
──独立前は、ホテルのエステで働いていたそうですね?
はい、一人一人のお客さまに時間をかけてしっかりトリートメントを行うお店だったので、お客さまにとても喜んでいただけて充実した毎日でした。また、キャリアを積み重ねるうちに、講師や原稿執筆の仕事もいただくようになりエステティシャンの仕事を心から愛しているので(笑)、自分の知識やノウハウがみなさんのお役に立てることが、なによりうれしかったですね。
その一方で、請われるままにあらゆるお仕事を引き受けていたら、いつの間にかオーバーワークになっていて…。体調を崩し、若年性更年期障害と診断されてしまいました。治療して、体のほうは薬で症状が緩和されたのですが、メンタルは依然、不安定なまま。
しんどい日々が続きました。
──辛い経験でしたね。
この経験をきっかけに、自分なりにメンタルについて調べるようになったんです。そして出合ったのが、身体心理学の本でした。そこには、心理学における「体と心」や「肌と心」の関係について書かれていて、メンタルと肌の関係が学問の一つの分野として、きちんと研究されていることがわかりました。
エステでさまざまなお客さまを施術してきた経験から、もともと、エステにはメンタルにいい影響を与える力があるとは感じていました。この本を読んだことで、「エステでメンタルをケアできるはず!」と、より確信に近づき本腰を入れてメンタルスキンケアについて取り組もうと決心しました。
直感だけではビジネスにならない! 実証実験を繰り返す日々
──まずは何から取り組んだのですか?
はじめに、「どうすればエステで心をいやせるのか?」という私自身の疑問を解決することからスタートしました。
人間の体内には、精神の安定をつかさどるセロトニンという神経伝達物質があって、別名幸せ物質と呼ばれているんです。調べていくうちに、肌をマッサージすると脳内物質の一つオキシトシンが増え、それが材料となってセロトニンを分泌することがわかりました。
──マッサージとメンタルの関係が明らかになったのですね?
はい。でも、ただ単に「エステでメンタルをケアできる」といったところで、それを裏づけるものがなければ、誰も信用してくれません。そこで、メンタルについての研究・開発を行い、ビジネスに活用するための拠点として、「メンタルスキンケアlab.」を設立。サロンを運営しながら、同時並行的にメンタルスキンケアの研究が続けられる環境を整えました。
そして、セロトニン研究の第一人者として有名な研究者のもとで、さらに知識を深めていきました。また、その方の研究所で脳波を計る機械をお借りし、エステによってセロトニン脳波の活性が可能であるか計測を実施。その結果、エステによりセロトニン脳波が活性されるというデータを実証することに成功しました。
メンタルスキンケアのメソッドを凝縮した、業界でも珍しいエステサロン
──メンタルスキンケアという類を見ない分野での開業。とくに難しかったことは?
やはり、心のケアという目に見えないものを相手にする難しさですね。セロトニンの実証実験もしたし、マッサージを受ければ「気持ちいい」と感じてもらうこともできる。ただ、それをお客さま自身がメンタルの改善がされたと実感できるところまで「見える化」しなければ、ほかのエステと何も変わりません。
そこで、公認心理士の先生に協力を仰ぎ、施術前と後で実際にどのくらいストレス値が変わったか調べるテストを繰り返し行いました。手技に関しては、何をどうすればストレス値を左右するか、ほぼ把握できるようになりました。
難しかったのが、満足感。手技の内容以上に、施術前のカウンセリングや、部屋の環境、私の心理状態などが複雑に影響していることがわかり、なかなか正解にたどり着けません。何がどう満足感に影響するか、ひたすらテストして、サンプルを取ってはやり直す、試行錯誤の日々が続きました。
──とことんデータを取り、納得するまで追求する姿勢に、プロ意識を感じます。
私自身、もともとデータが気になる人間。ふわっとした概念だけでは納得いかないですし、自分がお客さまだったとしてもこのサロンを選ばないと思います。データに加え、エステティシャンとしての経験や勘も取り入れながら、少しずつ納得できる「メンタルスキンケア」に近づいていった感じです。
エステのメニューは、一人一人のお客さまによって異なります。顔からボディにかけて、その方にあったトリートメントを選び、じっくりと時間をかけて向き合うと、滞在時間は平均3時間以上に。施術前後の会話も含めると、4時間になることもざら。でも、そのほうがお客さまの満足度も高いし、私自身も納得できるサービスが提供できたので、一日お一人さま限定にして、その分単価をやや高めに設定することにしました。
──結果的に、リピーターのお客さまだけで数カ月先まで予約が埋まるほど支持されていますね?
お客さまも美容が大好きという方が多くて、私のことを信頼してお任せくださるおかげです。ただ、お一人の施術が終わると、「マラソンしてきた?」っていわれるくらい汗だくに。さらによいエステを提供できるよう、体力をつけるためジムに通い始めたくらいなんですよ(笑)。
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「いいと思ったから」というふわっとした概念だけでは、目の肥えたお客さまに信頼していただくことはできないそう。そのためには、専門家の知恵を借りたり、分析データを集めたり、客観的な視点での裏づけが欠かせないと恒吉さん。
自分の「好き」や「直感」を、客観的な目線でビジネスに落とし込む工夫をまとめていただきました。
自分の「好き」をビジネスとして成立させるために
1. 専門家の意見を仰ぎ、ビジョンに偏りがないかチェック
2. 自分の考えを実証する客観的なデータを収集する
3. 唯一無二のメソッド・プランで高単価でも集客を確保
後編では、つねに技術やサービスのアップデートを心がけ、新たな情報発信にも挑む、恒吉さんならではのビジネスビジョンの描き方をお聞きします。
▽後編はこちら▽
自分の「好き」を最大化するには、未来を見据えたビジョンが大事【美人サロン‐Space‐ 恒吉美花さん】#2>>
取材・文/池田 泉
撮影/石原麻里絵