薬学博士や助産師監修! こだわりのハーブボールで自分自身を取り戻す セラピスト永田舞さん♯1
ハードワークに育ての母である祖母の死が重なり、自分を見失ってしまったときに、タイで出会ったハーブボール。その包みこむような感覚で、自分自身を取り戻すことができたというセラピストの永田舞さん。永田さんは、ひとりでも多くの女性が「ワタシを生きられるように」とワタシライフサロン リラ・ワリを開業しました。国産ハーブ・国内製造にこだわり、薬学博士や助産師が監修するオリジナルのハーブボールと、それを使った施術内容について伺いました。
お話を伺ったのは
ワタシライフサロン リラ・ワリ主宰 永田舞さん
株式会社マヴィーブル 代表取締役 一般社団法人ハーブボールセラピスト協会 代表理事
実母が出産で命を落とす。母親代わりに育ててくれた祖母の死とハードワークが重なり、心と体のバランスを崩す。旅先のタイで出会ったハーブボールにエネルギーをもらい、「がんばり過ぎている女性の心と体を元気にしたい」という思いから海外で学びを重ねる。2011年「ワタシライフサロン リラ・ワリ」開業。温かくて柔らかい手と母親のような安心感にファン多数。オリジナルブランド「ワロマハーブ」も人気が高い。
お母さんにハグされるような受容感
――ハーブボールとの出会いを教えてください。
実は、わたしを出産したその日に実母が亡くなり、わたしは母方の祖父母の養女になりました。育ての母である祖母は、わたしが社会人になってすぐに癌を患い、東京で働きながら毎週末、長野の病院へ通う生活が続きました。当時わたしは、SEとして官公庁のシステム開発を担当していて、朝出社して翌朝帰宅するというハードワーク。発病から4年後、祖母が亡くなり、それまで張り詰めていた糸がプツンと切れてしまったんですね。不規則な生活のつけが回って体を壊し、鬱まではいかないけれど生きている意味が分からなくなってしまいました。そんなとき、友人の紹介ではじめて訪れたタイでハーブボールに出会いました。
――はじめてハーブボールの施術を受けたときは、どんな感覚でしたか?
まずハーブの香りがダイレクトに届き、ハーブボールの感触は温かくて柔らかく、まるでお母さんにハグされているような安心感を覚えました。何も知らずにたまたま入ったサロンでしたが、あとで調べたら日本人が経営するハーブボールにこだわったスパだったんですね。すべてオーガニック栽培で、フレッシュな(生の)葉から作られたハーブボールは、ドライよりも柔らかくてフカフカでした。
それまでの20数年間、わたしが生まれてこなかったら母は死ななかったのにという発想で生きてきて、さらに守ってくれていた祖母の死去。いよいよ自分が生きている意味が分からなくなっていたときにハーブボールの施術を受け、一気に自分が戻ってくるような感覚に、涙が滝のように流れました。何も知らないタイ人のセラピストは、「熱いの? 痛いの?」とおろおろしていましたね(笑)。タイでハーブボールに出会っていなかったら、いまのわたしはありません。ハーブボールで救われた人生だと思っています。
タイのハーブボールと名のつく学校はすべて訪れました
――トリートメント技術はタイで習得したのですか?
それだけの衝撃を受けたハーブボールですから、当然日本でも施術を受けられるのだろうと思っていたんですね。でも、探し回ってやっと受けたのは、熱すぎるか、すでに冷めているカチコチの石みたいなので。これが日本のハーブボールなのかと思ったら、怒りにも似た悔しさがこみ上げてきました。それなら私がやると決意して、会社に辞表を出しました。
そんな状況なので、日本でハーブボールを学べるところはもちろんなく、タイ、インド、スリランカを何度となく訪れて勉強しました。ハーブボールは、元々アーユルヴェーダの治療法のひとつなんですね。2~3週間かけて体質を変えていく「パンチャカルマ」という治療を受けながら、ハーブボールの有用性を体験すると同時に、とくにタイではハーブボールと名の付く学校はすべて訪れ、施術方法やハーブボールの作り方を学びました。
――その技術を日本に持ちこんだのですか?
現地で体験して、治療としてのやり方は習得できたのですが、これを日本にトリートメントとして取り入れるには正直、課題があるなと感じて帰国しました。日本にはおもてなしという文化があり、海外と比較するとトータルパフォーマンスはとても高いんですよね。
タイのやり方をそのまま日本に持ちこむだけでは成功しない。課題解決のために、再びタイを訪れました。日本を発ったのは、東日本大震災の3日後。海外で日本のひどい状況を見ながら、現地の人に「日本人として自国をどうやって守るんだ?」と聞かれるわけです。そのときに、先延ばしにしていつかやろうという緩さじゃダメだなと思って、「6/20サロンオープンします」とタイにいながらSNSで発信しました。
帰国後すぐにサロンをオープン。メニューは、全コースハーブボール付。どんなハーブを使えばいいのか、どういうハーブボールが日本人に合うのか、コース構成はどうするのか、お客様にモニターをしてもらい試行錯誤しながら作っていきました。
――施術中ずっとハーブボールを使うのですか?
はい、頭から足先までハーブボールで施術します。タイでは「セン」といわれる経絡のようなものがあるのですが、その流れをハーブボールで整えていきます。元々アーユルヴェーダでは、オイルトリートメントとハーブボールが同時進行する「キリ」が一般的ですが、リラワリでは、リフトアップに特化したフェイシャルハーブボールや、つらい部分の筋肉に沿って施術するコースも設けています。
ハーブボールの恩恵をいちばん受けているのは、実はセラピストなんですよね。施術中ずっと香りに包まれて、温かいものに触れ、布を通してハーブにも触れている。ハーブボールを介することで、コロナ禍での不安を軽減することもできます。
国産・農薬不使用がキーワード
――ハーブボールはオリジナルで作っているのですか?
サロンを始めた11年前は、日本にはハーブボールの施術も少なく、学ぶ場所もない。ということは、作っている人もいなかったので、最初は本当に自分たちで作っていました。でもそれでは生産が追いつかなくなり、50~60社の企業に製作の話を持ちかけましたが、ほとんどが門前払い。話を聞いてくれたのは2社だけで、現在もそのうちの1社で作ってもらっています。機械は一切使わず、子育て中のお母さんや障害者の方が布を切り、ハーブを手でちぎってレシピ通りに調合。すべて手作業で作られています。
――素材へのこだわりは?
国産・農薬不使用をキーワードに素材を厳選しています。帰国直後は、タイのハーブを使っていましたが、日本人にはなじみのないハーブも多いため、香りがきつく感じてしまったり、アレルギーが出やすかったりと好き嫌いが分かれるんですね。でも日本のハーブは、どこかで嗅いでいたり食べているので、アレルギーが出ることも少ないんです。日本全国の生産者を訪れ、栽培方法や環境などをひとつひとつ確認して、信頼できる生産者のみと契約しています。
色が悪くて食材にならないようなものをハーブボールの材料に再利用しているものもあります。農家の方もいままで処分していたものが再利用できる。ただ商品を作って売るだけのちょっと冷たい感じではなく、いろんな人の思いが詰まった商品を届けられればと思っています。
――素材だけでなく形へのこだわりもあるのですか?
タイのものは、中に入っているハーブの形状も違うので石のように硬いのですが、はじめて施術を受けたときのあの包みこまれるような感覚を再現できるように心がけています。使っているうちにじわじわと柔らかくなって、でも柔らかすぎるとすぐにつぶれて冷めてしまうので、へたり過ぎないくらいの柔らかさになるように作っています。
――専門家の方が監修されているそうですね。
基本的にはわたしがすべてブレンドしていますが、妊娠中にもおすすめしているハーブボールがあるので、それが問題なく使用できるかどうかを専門家の方にチェックしていただいています。監修者である助産師の赤堀眞里さんは友人の紹介、薬学博士の村上志緒さんは、著書を読んでどうしても会いたくなり、連絡をとったらお会いできることになったんです。
――永田さんは、すごく行動力がありますよね。
いまの時代、インスタのDMで名前も名乗らず質問できたりしますが、やっぱりその場に行って、人と会うことは大切だと思うんです。そうすることで、ワークショップなどでストーリーが伝えられるんですよね。ハーブの効能はネットで調べれば分かりますが、どういうところでどんな人が育てているハーブなのかを伝えると、すごく興味を持ってもらえたりします。
わたしの実家の長野や夫の実家がある九州とのつながりもできて、最終的には全国的に繋がれるといいなと思っています。
永田さんのハーブボールへのこだわりは
永田さんが扱うハーブボールへのこだわりは以下の3つです。
1.ハグされる感覚を再現できるものである
2.国産・農薬不使用のハーブを使う
3.たくさんの人の思いが詰まった商品である
後編では、ハーブボールをさらに広げるために設立したハーブボールセラピスト協会のこと、サロン×スクール業×物販での相乗効果について伺います。
取材・文/永瀬紀子