空前の美容師ブーム期に有名サロン入社。表参道、銀座でトレンドを発信【Omnis 松島春樹さん】#1
美容師の松島春樹さんは、ヘアトレンドを牽引する有名サロンで長年活躍。現在は表参道に自身のサロン「Omnis(オムニス)」を立ち上げ、新たなスタートを切りました。プレーヤーとして日々お客様に向き合いながら、経営や後進の育成など多くの役割をこなす松島さんにお会いして、これまでの美容師人生をインタビュー。
前編では、美容師を目指したきっかけやAFLOATでの経験など、独立以前のお話を中心にご紹介します。
お話を伺ったのは…
Omnis
代表・美容師 松島春樹さん
美容専門学校卒業後、都内1店舗を経てエターナル(AFLOAT)入社。23歳でスタイリストデビュー、29歳でAFLOAT JAPANディレクターに就任。33歳のときにAFLOAT D’Lの代表を務め、35歳で独立。数年間の共同経営後、44歳でOmnis設立。
MATSUSHIMA’S PROFILE
お名前 |
松島春樹 |
|---|---|
|
出身地 |
群馬県 |
出身学校 |
高山美容専門学校 |
プライベートの過ごし方 |
ゴルフ、犬と散歩、旅行 |
仕事道具へのこだわり |
セニングの使い分け |
練習に練習を重ねて巻き返しを図り、いち早くデビュー

――美容師になりたいと思ったのはいつ頃ですか。
高校生の頃、おしゃれに興味があったのと、扱いづらい髪質だったのが理由で、髪型をコロコロ変えていました。カットだけでなく、カラーやブリーチをしたりパーマをかけたり。そんな僕を見ていた担任の先生に「美容学校に行ってみたら」と勧められたんです。もともとサラリーマンにはなりたくないと思っていたし、東京への憧れもあったのでこの道を選びました。
――専門学校時代の思い出深いできごとはありますか。
入学から1ヶ月後くらいに、三つ編みと編み込みの実技試験があったのですが、成績上位はみんな女子。自分の髪を編むことに慣れているので当然と言えば当然です。でもそれがものすごく悔しくて、実技は全部、めちゃくちゃ練習しました。結果的に、2年間のトータル実技成績1位で卒業できたんです。1位を取ったのはそれまでの人生で初めてだったので、とにかく嬉しくて、思い出に残っています。
――就活時にはどんなサロンを選んだのでしょうか。
当時はSNSもないし、美容師として売れるためには有名サロンに入るのが王道のルートだと思っていました。その中でも特に、比較的新しくて勢いのある有名サロンを狙っていたのですが、ことごとく落ちてしまいました。
――その頃は競争が激しかったですか。
美容室の数自体が今ほど多くないですし、ちょうどカリスマ美容師ブームが起きた頃だったので、有名サロンともなると100倍以上の高倍率でした。
結局、美容学校の先生の紹介で渋谷のサロンに就職しました。とてもいい店でしたし、同期ともすごく仲がよかったのですが、有名サロンを諦めきれず8ヶ月ほどで辞めることに。次に中途採用で入ったのが、当時オープンしてからまだ1年半ほどのAFLOATでした。
――まさに、入りたかったサロンの条件にぴったり。AFLOAT入社当初の心境や、頑張ったことは?
新卒入社した人たちとの8ヶ月の差は、想像以上に大きかったですね。すべての技術レベルが違いすぎて圧倒されたし、とても焦りました。みんなに追いつくためには、とにかく練習するしかない。朝は6時から営業が始まるまで練習。お昼から営業だったので、午前中だけで6時間近く練習していました。営業後は終電までまた練習。サロンワークの時間より練習時間のほうが長かった気がします。
――練習の成果が出たと感じたのはいつ頃ですか。
毎日とにかく必死で、成果を感じる余裕もなかったです。ただ、僕より8ヶ月先に入社した人たちより2年以上早くスタイリストデビューできたので、たくさん練習してよかったなと思います。
――AFLOAT代表の宮村浩気さんのアシスタントもしていたそうですが、何か印象に残っていることはありますか。
「上手な人は仕事が早い。本当に無駄がない」とつくづく感じました。その頃の宮村さんはおそらく1日60人くらい切っていたと思いますが、僕はそのお客様全員のカラーを担当させてもらっていました。当時は2店舗を掛け持ちして休みなく店に出ていたから、月間1800人くらいのカラーを塗っていたことになります。撮影やヘアショー、セミナーにも帯同させてもらい、すごく勉強になりました。
成長拡大するAFLOATで、責任ある立場に

――スタイリストデビュー後の、強みや売りというとどんなところでしたか。
フェミニンなスタイル、女性らしい髪型をみんながつくれるサロンだったので、僕の得意ジャンルもそこでした。ただ、同じようなことができる集団の中でも指名で雑誌の仕事をいただけたというのは、何か僕ならではのものがあったのかな…。実は自分の強みをあんまり深く考えたことがないんです(笑)。
ヘアカタログだけでなくファッション誌などのヘアメイクの仕事もしたし、タレントさんのメイクをする機会もありました。そういう経験を通して自分の引き出しが増えていったのかなと思います。
――タレントさんのヘアメイクは、どういうきっかけでやるようになったのですか。
本当にひょんなことからですね。例えばたまたまマネージャーさんがAFLOATのお客様で、担当しているタレントさんのメイクを頼まれるとか。SNS時代ではないので、直に出会った人からどんどん広がっていった感じです。
――サロンワークや撮影などで忙しい中、役職も任されるようになりますよね。何か大変だったことや、意識したことはありますか。
26、7歳の頃に幹部のような立場になりました。要は中間管理職なので、上と下の板挟み状態が大変でしたね。みんな血の気が多いからなかなか意見もまとまらないし。
下の世代とは、仕事以外のところでたくさん交流を図りました。やっぱり彼らが僕たち世代に信頼感を持ってくれることで、店はうまく回っていくと思ったので。逆に上の世代とはしょっちゅう喧嘩をしていたし、かなり歯向かったこともあります。上からしたら、僕はずいぶん扱いづらいヤツだったでしょうね(笑)。
――銀座に初進出した際にはディレクターを務め、その後はまた表参道に戻り、新店舗の代表に就任したそうですね。
今でこそたくさんの人気サロンが銀座に出店していますが、当時はまだほとんどなくて。「これからは銀座がアツい」と感じていた僕ともう一人の美容師で、銀座に店を出してほしいと社長に直談判しました。もちろんすぐに快諾というわけにはいきませんでしたが、物件などのタイミングもあり、AFLAOT JAPANができたんです。
3年後に表参道にAFLOAT D’Lができ、そちらの代表を2年ほど務めてから、AFLOATを離れることになりました。
――その際、移籍ではなく独立を選んだ理由は?
ちょうど30代半ばで、自分の働き方や人生プランを考えるタイミングでもありました。思い描くプランを実現していくには、独立するのが一番いいと思ったんです。共同経営でサロンを立ち上げ、数年間さまざまな経験をさせてもらいました。
「期間限定だけど本気で」試したYouTubeの動画制作

――独立後、コロナ禍をきっかけにYouTubeを始めたとか。
実は、2年間だけやってみたんです。YouTubeってどんな感じなのか身をもって知りたいという試験的なスタンスでした。
――いくつか拝見しましたが、お試しとは思えない作り込まれた内容でした。
期間限定でも本気で作りました!コロナ禍だったので時間も労力もかけられたんです。テーマは「バズらないYouTube」。YouTubeで儲けようとは1mmも思っていなかったし、面白おかしくするとか話を盛るとか、そういうことはしないと決めていました。
あの頃「インスタグラムも含めてショート動画の時代になる」とスタッフにも言っていたのですが、誰もやらなかったんですよ。だから、まずは自分がやってみようと思ったのもきっかけです。
――なるほど。自分がやってみないと、スタッフさんにいろいろ言えないですもんね。期間限定で試してみて、わかったことは?
技術職である美容師としては、動画制作に時間や労力を割くよりウィッグでカット練習したほうがいいというのが率直な感想です。だから今後、もしスタッフがバズることや稼ぐことを目的にYouTubeをやりたいと言ってきたら、やめろと返すでしょうね。
――これまでに雑誌やブログ、YouTube、インスタグラムなどいろいろな媒体で発信をしてきたと思いますが、ターゲットに伝えたいことをうまく届ける秘訣はありますか。
美容師目線にしないことでしょうか。美容師ではない一般の方たちがわかる言葉の使い方、選び方をすることが大事だと思います。だからどうしても地味になってしまうけど、最終的にはそれが正攻法かなと思っています。
美容師として確かな経験を積んできた松島さんは、2025年夏、表参道で「Omnis」を立ち上げることになります。そのいきさつや、現在のスタッフ教育で大切にしていること、今後の展望などをお聞きしたので、ぜひ後編もご覧ください。
撮影/生駒由美
取材・文/井上菜々子
Check it
Omnis
住所:東京都渋谷区神宮前5-50-6 サクセス青山4F
TEL:03-6805-1568
.jpg?q=1)
-min.png?q=1)

-min.jpg?q=1)

