「一生付き合える仲間をつくる」理念をブラさず経営拡大 「Velvet on the Beach」桜井章生さん
表参道の人気サロン「Velvet on the Beach」の代表、桜井章生さん。独立する際に掲げた経営理念は「一生付き合える仲間をつくる」というものです。今でこそ順風満帆ですが、立ち上げ当初は中途社員のほとんどが体を壊して退職してしまったことも。その反省を踏まえ、自分たちにとっては当たり前だった働き方を見直し、スタッフに寄り添った働き方に改善してきたのだとか。また、長く在籍しているスタッフに将来の理想像を聞きながら、活躍できるステージを一緒に作っていくことで、店舗を拡大してきたといいます。
今回、お話を伺ったのは…
桜井章生さん
「Velvet on the Beach」代表。青山の「hair lounge BEACH」、千葉県柏市の「hair lounge beach Soup’e」、神奈川県・橋本の「fha-na hair lounge」の経営も手掛ける。美容師歴は30年。カミカリスマを2022・2023年と連続受賞。女性誌のヘアページ、美容メーカーの商品開発、美容師向けのWebトーク番組の司会などマルチに活動中。
超有名店から「一生付き合える仲間をつくる」を理念に独立
――桜井さんは、多数の芸能人のヘアカットを手掛けたことで有名な超人気サロン「HAIR DIMENSION」出身ですね。人気サロンのなかでもトップのスタイリストとして活躍し、順風満帆だったかと思いますが、独立のきっかけはどのようなことだったのでしょうか。
「HAIR DIMENSION」在籍時は、まさにカリスマ美容師ブームの真っ只なか。当時は僕も、のちに一緒に独立することになるTOSHIもイケイケでした(笑)。
7年ほど店長を経験したのち、ディレクターという役職に昇格したんです。京都で美容師人生をスタートし、修行のために上京。「HAIR DIMENSION」で、寝食を忘れて仕事に打ち込んだ日々をすごし、たどり着いた役職でした。
そのときに、「ああ、ここでできることはやりきったな」という気持ちになったんです。それと同時に、自分の今おかれた環境を俯瞰できるようになり、「自分の理想のサロンを作りたい」という欲求がむくむくと湧いてきたんです。「HAIR DIMENSION」のことは大好きで独立する気持ちもなかったので、自分でも意外でしたが、「今、やるべきだ!」と、決意しました。
――当時は、どんなサロンを作りたいと思っていたのでしょうか。
仕事仲間と一言で言っても、すごす時間の長さは家族以上ですよね。なにかの縁があって奇跡的に知り合えた仲間なので、「ずっと一緒に働けるサロン」を作れたらいいなあと思ったんです。独立後新しく立ち上げた僕たちの会社は「一生付き合える仲間になる」という理念を掲げました。この理念は、今も変わっていないんですよ。
自分たちの当たり前は、会社経営の当たり前ではなかった
――そうしてTOSHIさんと2007年青山に「hair lounge BEACH」を出店されたんですね。
TOSHIが経営、僕が広報などを担当して、お店を始めました。
「HAIR DIMENSION」から一緒について行きたいと志願してくれた6人と、中途で採用した5人の、合計11人のメンバーとのスタートでした。
僕もTOSHIも「HAIR DIMENSION」でトップスタイリストだったこともあり、スタートからお客さまの入りは順調。毎日忙しくさせてもらっていたのですが、半年、1年とすぎたところで、中途採用したメンバーのほとんどが体調を崩して退職してしまったんです。
――「ずっと一緒に働けるサロン」を作りたいと思っていたのに、それはおつらいですね。
「HAIR DIMENSION」で僕たちはずっと忙しく仕事をしてきて、終業後に「あれ、朝から水を1滴も飲んでないな」ということもしばしばで、そういう状況が当たり前だと思って育ってきた。しかし、どんどん体を壊していく中途採用のスタッフを見て「あれ?うちの会社って、なにかおかしい?」と思うようになりました。経営をするということは、自分たちにとっての当たり前を見直していくことでもあるのか!と、そのとき気づいたんですよね。
――今とは、ずいぶん違った状況だったのですね。
サロンに勤めていた30代前半までは、イケイケで強気でした。そのため、退職をする人を見ても、「会社のやり方について来れない人が悪い」と思ってしまっていたんですよね。しかし、自分が経営者という立場に立ってはじめて、「従業員の退職が続くのは、辞める人が悪いのではなく、経営をしている僕らのせいかもしれない」と思うようになったんです。
すぐに状況を変えることができず辞めてしまったスタッフには申し訳なかったですが、勉強を重ね、週休2日や産休育休制度の導入、健康診断の実施など、徐々に労働環境を整えてきたつもりです。今後も、スタッフが公私共に人生を充実させられるよう、時代に合わせて環境を改善して行きたいと思っています。
メンバーの将来を心から応援できる存在でありたい
――1店舗目のオープンから2店舗目の「Velvet on the Beach」を出店されるまで、8年ほどかかっているようですね。なぜ時間がかかったのでしょうか?
2店舗目の出店を躊躇したのには、2つ理由があります。1つは、経営者として売上などの数字を見るようになり、少し臆病になったこと。
もう1つは、スタッフの育成について少し引っかかっていた部分があったからです。1店舗であれば僕やTOSHIががんばればどうにか経営できるのですが、2店舗目以降は他のスタッフにもがんばってもらわないといけないんですよね。
しばらく出店を躊躇していたら、「早く2店舗目を出せよ!スタッフが『できる』という状態になってから店を始めるのではなく、お店を始めるから『できる』ようになるんだ!スタッフができないんじゃなくて、お前らの決断が足りないだけだぞ!」と、先輩美容師が強めにおしりを叩いてくれたんです(笑)。
「経営層が舵を取って決断し、スタッフを導いていかなければ後進は成長しないんだ」ということにそのとき気付かされ、出店を決意しました。
――今では、千葉県柏市や神奈川県の橋本にもお店を出されていますよね。
出店する場所は、メンバーと一緒に決めてきました。
柏の「hair lounge beach Soup’e」は、オープニングメンバーの松嶋に代表を任せています。うちのお店で働きだしてそろそろ10年に差し掛かるというタイミングで、将来像を話し合ったところ「都心ではない場所で、地域密着の店を経営したい」という理想を持っていると教えてくれました。
その話を聞いて、一度しか行ったことのない柏にお店を出すことを決めたんです(笑)。柏という場所を希望したのも、物件を見つけてきたのも松嶋本人なんですよ。
僕とTOSHIがステージを作ったのは2店舗目の「Velvet on the Beach」まで。2店舗目以降は、長く在籍してくれているメンバーが描くビジョンに沿った店を作ってきました。
――橋本の「fha-na」はどんな経緯で作られたのですか?
オープニングメンバーの原と相談して作ったお店です。原は美容師として入社したものの激しい手荒れで美容師の道を諦め、途中から経理を担当してくれていました。そうしているうちに、原は子どもを持つお母さんに。手荒れも改善してきたことから、美容師として再度活動することになったんです。
時を同じくして、社内で美容業界の「ママ美容師」の問題が話題になりました。がんばって美容師になったにもかかわらず、子どもを生んだあとドロップアウトせざるを得ない風潮があるなと気づいたんです。一度美容師から離れてしまうと再就職が難しかったり、安い給料で働かなくてはならなかったりする現状があるんです。
ちょうど、いままでとは別の業態へのチャレンジを検討していたこともあり、原を含めたメンバーと相談をしたところ、「ママとしての生活を守りながらも適正な給料を受け取れ、楽しく働けるサロンを作りたい」という思いが一致。ママである原が、ママ美容師のための店を作り、代表をすることになりました。この物件の準備や人事を担当してくれたのも、原なんですよ!
――経営理念のとおり、「人」を大事にしているからこそ生まれたお店だったんですね。
「fha-na」は全従業員がママ。子どもの急な発熱なども理解しあい、チームでカバーし合いながら働いてもらっています。今、青山や表参道で働いてくれている若いメンバーも、いつかこういう制度が必要になるときが来るかもしれない。1つ選択肢を増やせたと思うので、結果的によかったと思っています。
メンバーが将来なにかやりたいと思ったときに、気兼ねなく相談ができる関係を持っていたいですし、それを応援できる会社でありたいと思っています。
桜井章生さんのサロンが成長し続けた3つの秘訣
1.「一生付き合える仲間をつくる」を理念におき、人を大事にする経営をぶらさなかった
2.自分たちの「当たり前」を疑い、常に経営の改善を続けた
3.長く在籍するスタッフの将来の夢を心から応援し、それを叶えられる環境を作ってきた
後編では、長く愛されるサロンを運営する秘訣を伺います。店舗拡大に大事なのは、スタッフの教育。 グループでは、カリキュラム式と見て学ぶ方式のいいとこ取りで教育を行い、サロンの肝となる基礎技術を徹底的に学ぶそうです。また、失客の一番の理由は「マンネリ」だと語る桜井さん。どんなに長く通ってくださる顧客に対しても、常に新しいエッセンスを加えた提案をマストにしているそうです。後編もお楽しみに!