怒られ、すべての自信を失ったデビュー直前。気持ちを切り替えてくれたのは、社長の背中「Of HAIR OMOTESANDO」樋口夏希さん
美容業界の巨匠・古里オサムさんが代表を務める「Of HAIR」は、東京を中心に9店舗を構える人気のサロン。その「Of HAIR OMOTESANDO」でトップスタイリストとして活躍するのが樋口夏希さんです。
前編では、樋口さんが専門学校や入社した当初、悔しさや人に負けたくない気持ちをバネに、ひたむきに努力した話について伺いました。
後編では樋口さんが新人時代に体験した一番大きな壁について伺います。「Of HAIR」ではスタイリストデビュー前の最後の関門として、社長の古里さんのアシスタントを1年間務めることになっており、目標通り同期のなかで最も早くその機会を得た樋口さん。しかし、逆にそのことがプレッシャーになってしまい、毎日のように社長に怒られる日々で、完全なスランプに陥ってしまったといいます。
今回、お話を伺ったのは…
「Of HAIR OMOTESANDO」
トップスタイリスト
樋口夏希さん
美容専門学校を経て、2016年入社。アシスタント時期は、意欲的にカリキュラムの練習やモデルカットに励み、技術を高めてきた。スタイリストデビュー後は、その安定した技術で顧客からの信頼も厚い。またインスタグラムに投稿していたヘアアレンジが話題となり、美容業界誌や一般誌へのスタイル掲載も多数。
毎日のように駅に立ち、モデルハントを欠かさなかった新人時代
――新人時代、技術を身につけるために心がけてきたことは?
とにかくモデルさんのカットをたくさん担当して、経験を積もうと思っていました。スタイリストになったら、当然ですがウィッグではなく、お客さまのカットをするわけなので、ウィッグの練習より、モデルさんのカットをすることが大切だと思っていました。
アシスタント時代は二子玉川の近くの長崎台店に在籍していたので、仕事の日も、休みの日もほぼ毎日、駅まで行って、モデルハントをしていました。お声かけするのは、自分のお客さまになる層、それは私と同年代の女性のお客さまだと思っていたのですが、その方たちから支持をしてもらえるようなかわいらしい女性だと決めていました。そうすれば、インスタにカットモデルさんの写真も掲載できますし、ゆくゆくはインスタを通した集客にもつながると思ったんです。
――美容師さんのなかにはモデルハントが苦手だという方も多いと思うのですが、そこまで苦手意識がなかったのですか?
専門学校時代に、モデルハントの方法を先生に教えてもらったんです。おしゃれではない美容師には担当してもらいたくないはずだから、一番お気に入りの洋服で声をかけなさい、と。私の通っていた専門学校には、サロンが併設されていて、そこにモデルさんを呼んでカットをする授業があり、学生時代からモデルハントになれていたこともあって、とくに苦には感じていませんでした。
――休みの日も取り組むのが素晴らしいですね。
今でもお休みの日に、仕事関連のことに自主的に取り組むことが多く、休みと仕事の境目が曖昧なのですが、休みの日に何もしない方が不安な気持ちになってしまって。不安な気持ちをモチベーションにすることは、学生時代から今でもずっと変わっていないですね。
「美容師に向いていないかもしれない」。デビュー直前のスランプの日々
――スタイリストデビューまでは順調でしたか?
デビュー直前まではわりと順調だったのですが、私が一番大きな壁にぶつかったのが、入社から4年目くらいで社長のアシスタントについたときでした。うちの会社では、デビュー前の最終通過点のような形で、スタイリストになる前に必ず社長のアシスタントを1年間務めることになっているんです。
前編でもお話ししましたが、同期のなかで一番にスタイリストデビューすることを目標にしていて、無事にその機会を得られたのですが、この期間が私の一番のスランプ期だったと思います。仕事に行くのも辛くなって、上京して初めて「美容師に向いていないかもしれない」と親に泣きながら電話したこともあったくらいです。
――どんな点を壁だと感じたのですか?
とにかくすべてがうまくいかなかったんです。接客でも技術でもうまくいかず、毎日行われる反省会でも社長に怒られることばかりでした。それが続いていくうちに、自分のなかで何が正解なのか分からなくなってしまって、自分で考えて動くこともできなくなってしまいました。
社長から指摘を受けることは、今から考えればとてもありがたいことだと思うのですが、そのときの私は、完全に自己否定のように感じてしまっていたんです。「入社して4年も経つのに、こんなことで注意されてしまうなんて、自分が今までやってきたことは何だったんだろう」と思っていました。
――うまくいかなかった原因を、どう分析されていますか?
今考えてみるとプレッシャーを感じすぎていたのだと思います。私はほかのスタッフより、早めにカリキュラムが進んでいたこともあって、社長が考えている私と、実際の私の間に大きな隔たりがあるような気がしていたんです。
――そこからどのように立ち直ったのですか?
社長の近くで働くことによって得られるものがとても多いということに改めて気付き、今はそれを吸収する期間なんだと思えるようになったことが大きかったです。そこから徐々にポジティブな気持ちに変わっていったんだと思います。
学んだことは多々あるのですが、社長の古里は美容師として何十年も経験を積んできて、地位もあるはずなのに、お客さま側に立って物事を考えているんです。たとえばお会計のときに大きい荷物を持っているお客さまがいたら、いすを持ってきて、「ここに置いてください」と伝えたり、雨のなかお客さまがいらしたときには「雨の中ありがとうございます」と感謝をしたり。
美容師として慣れてくると、お客さまが来るのが当たり前だと思う人が多いと思うんです。でも、そのなかでもお客さまの気持ちをいつまでも考えることができる古里を心から尊敬しましたし、本当に学ぶことが多い期間だったと思っています。
新人時代の積み重ねが、自信を与えてくれる
――新人時代の体験は樋口さんにとってどんな学びになったと思いますか?
新人時代にしたことの積み重ねで、スタイリストになったあとの自信のつきかたも変わったと思うので、私は新人時代にモデルさんのカットの経験をとにかく積むことにこだわったことや、練習をしてきてとてもよかったと思っています。その過程のなかで、自分が向いていることや、強みも見つけられたと思っています。
――最後に、今後美容師を目指す人にアドバイスをお願いします。
なりたい自分、将来像をきちんと持っておくと、そうなるためにどういう行動をしていけばいいのかがわかって、1年先、2年先の未来が大きく変わってくると思います。
なりたい美容師像が分からないという人は、いろいろなものに触れたり、経験をしてみたりするといいのではないかと思います。自分は何が好きなのか、どんなことを楽しいと思うのかを見つけることが、自分の目指す美容師になるための一番の近道になるはずです。
樋口さんの新人時代が充実した3つのポイント
1.不安な気持ちをモチベーションにして、経験を積んだ
2.スランプに陥ったときは、吸収する時期だと捉えた
3.なりたい自分の姿を常に意識して、行動し続けた
お話しを伺っていて感じたのは、樋口さんがとにかく努力を重ね続けて今の地位にいるということ。しかも苦しみながら努力を続けるのではなく、なりたい自分に近づくための一歩として楽しんでいる姿が印象的でした。これから美容師を目指す人は、参考にしてみてくださいね。