美容師歴40年、ROSSO25年。特定の考えに固執せず「今」を受け入れてきたからこそ見える景色【ROSSOグループ 原田タダシさん】#1

西荻窪・下北沢に4店舗を展開するヘアサロンROSSOグループ。アットホームな雰囲気ながら、旬のエッセンスを取り入れたその人らしいヘアデザインがかなうと、年齢や性別を問わずたくさんのお客さまから支持を集めています。そのROSSOを束ねるオーナーが原田タダシさんです。

今年59歳、美容師歴40年のキャリアを持ちながら、今もなお新しいこと、面白いことをタイムリーに更新していく原田さん。そのセンスは美容業界でも一目置かれるほど。前半では、今もトップスタイリストとして週6日お店に立つ、原田さんの美容師としての原点や哲学についてお聞きします。

HARADA’S PROFILE

キラキラと輝く美容室の雰囲気に魅せられて

自身のファッションやヘアスタイルも、年齢にとらわれず
その時々で気になるものを取り入れるのが原田流

──原田さんが美容師になった40年前は、まだまだ男性が美容師になるのは珍しい時代。なぜ美容師を目指したのですか?

子ども時代からもの作りが大好きで、高校生の時に一度は絵の世界に進むことも考えました。でも、職業として成り立たせるには大変な世界だと気づいて断念。それでも、何か作る仕事がしたいという思いは漠然と抱いていました。

ちょうど同じ頃、美容室で髪を切るようになって。僕、美容室のキラキラした空間が大好きで、行くのが毎回すごく楽しみだったんですよ。確か高2の夏休みだったかな? パーマをかけて、トリートメントもしてもらったことがあったのですが、その時のワクワクした気持ち、今でも鮮明に覚えています。それが美容師という職業を意識したきっかけですね。

当時は、まだまだ美容師=女性の職業という先入観がある時代。父には反対されましたが、はじめて親に反抗して自分の意思を貫きました。

憧れのSHIMAで美容師としての第一歩をスタート。理想をつくらず目の前の課題と向き合う日々

南仏の田舎をイメージしたrosso-santè。
入口をおおう白ブドウは原田さん自ら手入れをしているそう

──美容師としての出発地はSHIMAでした。

地元が西荻窪周辺だったのですが、学生の時からよく通る道に素敵な美容室があるなと思っていたんです。そのお店がSHIMA1号店だと知った時と、美容師を目指そうと気持ちを固めた時がほぼ同じだったので、自分の思いがぴたっとリンクして運命を感じたんですよね(笑)。働くならSHIMAで、という思いを強くしました。

──アシスタント時代は思い描いていたキラキラした世界とのギャップもあったのでは?

それがね、想像以上に輝いていました。毎朝掃除をして、10時のオープンと同時にドアが開いて、音楽が流れて、お客さんが入ってくる。その雰囲気がたまらなく好きだったんです。掃除でもシャンプーでも、このキラキラとした空間をつくるお手伝いができるんだと思うと、雑用でも何でも全く苦ではありませんでした。

──そのポジティブな考えの源は?

働いている場所が輝いていることが、何よりうれしかったんです。それがベースとしてあるから、何でもポジティブな気持ちで取り組めたんでしょうね。あとは、もともと絵を描くのが好きだったから、ヘアデザインをつくるという意味で、美容師の仕事を心から楽しめたことも大きいと思います。

僕はもともと、理想をつくらず目の前の課題に向き合うタイプ。先々の目標を立てて、そこを目指すのが苦手なんです。SHIMAでもそうやって目の前のお客様と向き合いながら楽しく仕事をしていたら、自然と店長、ブロック長を任されるまでになっていました。

「個人の原田タダシ」を表現するため愛着のあるSHIMAを独立

本質を知る原田さんのセンスは、
感度の高い大人世代のお客さまから絶大な支持を得ています

──SHIMAでの充実した毎日の中で、独立を決意した理由は何でしょうか?

ある時、「SHIMAの原田タダシ」と「僕個人の原田タダシ」がいるのに気づいたんです。両者をどうやって成立させようか考えた時に、個人としての原田タダシを表現したい気持ちが強くなって。SHIMAには14年間勤めましたが、独立を意識したのはその時がはじめてでした。

ただ、決心してから実際に独立するまで3年かかりました。嶋先生に相談したら止められたというのもあったのですが、僕自身、14年お世話になった場所を大事にしたかったので、無理に強行することはしませんでした。

双方にとっていいタイミングを待っていたら、嶋先生から「SHIMA西荻窪店を譲るからそこでやってみれば?」と提案してくださって。1996年、美容師になるきっかけの1つでもあった思い出の地で、ROSSO1号店をオープンさせることになりました。

ROSSO(赤)に込めた親しみやすさとデザインへの思い

──店名のROSSOはイタリア語で赤。どんな意味が込められているのですか?

ヘアサロンには、お客さんが親しみやすいアットホームな雰囲気と、ヘアデザインをつくるデザイン性が求められていると思うのですが、当時はこの2つが上手く融合しているサロンがあまりなかったんです。

赤には元気なイメージがあって西荻窪のお客さまのイメージにも近いし、デザインの国イタリアのカラーでもあるので、赤を使うことで親しみやすさとデザイン性を表現できると考えました

内装も赤を基調にしたポップなデザインに。西荻窪店は全面ガラス張りで店内が外からよく見えるので、道行く人が赤い色に惹かれて来店してくれることも多かったですね。ネットが普及する前だったので、集客の上でもかなり効果的でした。SHIMAの真っ白な雰囲気とは正反対だったので、離れていくお客さまも当然いましたが、かなり早い段階で「ROSSO色」を定着させることができました。

特定の考えに固執しない。「今」を受け入れアップデートを繰り返すことが大事

rosso-santèの店内は
無垢の木材をたっぷり使った明るく温かみのある雰囲気

──西荻窪店は今年25周年。開店当初から長く通っているお客さまも多いそうですね?

お客さま自身のライフステージが変わる中で、それでもROSSOを選んでいただけるというのは、本当にうれしいですね。美容師は人ありきの仕事なので、人が好きであることに尽きると思います。僕自身、お客さまのこととデザインのことしか考えてないですからね。それが支持される理由なのかなと思います。

──25年の間に美容室を取り巻く環境も変わる中、安定した経営を続けられた秘訣は何ですか?

特定の考えに固執しないこと、かな? 長くやっていると、自分の考えが時代に追いつかない時や、追い越される時もあります。その時、その場所で旬なものが「今」なので、自然と受け止めるようにしています。これ、意外に難しいと思うんですよ。

正直なところ、はじめは50歳を過ぎてもできる仕事か半信半疑だったんです。それが今年59歳、美容師歴40年になります。まだまだできると感じるし、この年になっても目の前のことに向き合うのが好きなんです。むしろ今だから発見できることもたくさんあります。この繰り返しが苦にならないからこそ、40年続けられるのかもしれませんね。

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常に「旬」の雰囲気をまとい、今もプレイヤーとして最前線で活躍する原田さん。1つの考えに固執せず、自分もお店もアップデートし続けていく姿は、美容師を長く続けたいと願う人すべての参考になるはずです。

後編では、新店舗やスタッフの育成に込めた思いについてお聞きします。

取材・文/池田 泉
撮影/岩田 慶(fort)

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Salon Data

rosso-santè

住所:東京都世田谷区北沢2-26-12-1F
TEL:03-3481-3405

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