たどり着いたのは「素人目線」。真面目さを活かして美容雑誌で大逆転【ヘア&メイクアップアーティスト 長井かおりさん】#2

「誰でもわかりやすいメイク術」を掲げ、数々の女性誌やイベント出演、メイクデモンストレーションなどでひっぱりだこの人気ヘア&メイクアップアーティスト長井かおりさん。常識的で平凡なキャラに苦悩しましたが、独立後はご自身の特性を逆手にとり、一般向けのメイクを武器にしていくことに。そして、初めて出版した美容本が運命を変える一冊となったようです。

後編では、独立後に仕事ゼロの状態からメイクレッスンをはじめたこと、美容雑誌に「素人目線」を持ち込んだ話、ヘア&メイクアップアーティストとして大切にしていることを教えていただきます。

目指したのは「素人でもできる」メイク

――なぜ独立を決めたのですか?

アイドルもTVもブライダルも…全部やってきましたが、どうしてもやりたかったのが雑誌などのビューティー企画でした。化粧品を解釈してメイクとともに伝えられたら…とずっと思っていたんです。今の事務所に在籍したままではチャンスに巡り合えないだろうということで、30歳のときに思い切って独立を決意。それに伴い、前の事務所で築いた人脈は全てサヨナラしました。冷たい話かもしれませんが、お別れしなければ新しいものは入ってこないんです。

とはいっても、どうしたらメディアのビューティー企画の仕事にありつけるのかわかっていませんでしたけど。

長井さんがプロデュースしたミネラルコスメ「N by ONLY MINERALS」

――背水の陣で挑んだ独立。どのように仕事を取りに行ったのですか?

一般の人をガラッと変身させる企画や、幅広い年代のビフォーアフターを載せた写真集をつくって雑誌の編集部へ持ち込んだりしましたが、全然ダメでした。どこの馬の骨とも知れない人に仕事を依頼するような編集部はなく、有名な人のアシスタントについているか、または有名な事務所に所属していなければ相手にしてもらえなかったんです。

30歳にして仕事がなくなり、親から一度だけお金を借りたこともあります。それくらい独立することも、それまでの仕事のテイストを変えることも大変なことだったんです。お金を稼ぐためにメイクレッスンを自分で開催したり、やれることは何でもやりましたね。

メイクレッスンをコツコツ続けていたところ、ある編集者の目に留まり、美容本を出すことになったんです。そして、その本がたまたまヒットして、美容雑誌の編集部に認識されるようになり、あれよあれよという間にメディアの仕事がたくさん舞い込むようになりました。それが35歳くらいのときかな。

――初めてとなる美容本「周囲がざわつく自分になる 必要なのはコスメではなくテクニック」が転機となったようですが、もともとご自分の中で企画を温めていたのですか?

本当に数えきれないくらいメイクレッスンをやってきた中で、20代の若い子も80代のおばあちゃんも、メイクが上手い人も下手な人も、「これをやれば絶対にきれいになる」という基本のメソッドが自分の中でできあがっていたんです。それを本にしませんか?と提案されたんです。

美容本なのにほとんど文字だけだったのですが、それがかえって新鮮だったみたいです。美容好きではない人にも読んでもらえ、パイが広がったことで大ヒットしたのだと思います

――ちなみに編集部の反応は?

あとから聞いたら「衝撃的だった」とのこと。「自分たちはいつの間にかメイク上手の人目線ばかりの企画作りになってしまっていた」「一般の人に教えることの大切さを思い出した」と言ってくださいました。

――素人目線の企画は今でこそとても需要が高いのではないでしょうか

そうなんです。素人目線に立ったメイクメソッドというのが私のポリシーだったので、それは譲れなかったんです。

以前は平凡な自分が嫌で、人と違うスタイルを必死に模索していたけれど、もはやそれが自分の特性なんだと認めることにしました。びっくりするようなアーティスティックなメイクは私の役目ではないなと。あまりに個性的なスタイルや、一定の人にしかできないようなテクニックはなるべく避けて、より簡単なメイクを追求していくことにしました。

ヘアメイクも接客業。カリスマ性よりも、相手を第一に考えること

長井さんの人当たりの良さも、きっとオファーが絶えない理由の一つ。「おそらく美容部員根性なのかな(笑)」と長井さん

――業界で長井さんはどんな風に見られていますか?

やっぱり真面目系なんじゃないかな(笑)。ライターさんたちにはよく「質問に必ず答えてくれて、わかりやすく説明してくれるので助かります」と言われます。私がいつも気をつけているのが「こっちの方がいい感じでしょ」という言い方ではなく、理由をつけて説明すること。そうじゃないと一般の、特に大人の女性は納得しないので。

――今改めて思う、メディアで活躍するために必要なスキルとは?

自分の顔と名前が世に出る以上は、頭の中を言葉にして伝えなければいけません。

あと何よりも「気遣い」ができるかどうか。メイクって人と関わらずしてできないことなんですよ。必ず相手がいる仕事で、相手の心を掴まなければ絶対に可愛くできません。

今活躍されているヘアメイクさんはやっぱり相手の心を掴むのが抜群に上手なんですよ。どれだけ配慮ができて、モデルやスタッフを良い気分にさせられるか。そこに人気の差が出るんじゃないかな。若い子たちは技術を追い求めがちだけど、それよりもホスピタリティを学んだ方が良いのになと思うことはたくさんあります。

――意外にも人柄が重要視される世界なのですね。

ヘアメイクもある種の接客業。人気のあるヘアメイクさんって多少は自分の中でぐっと堪えたり、仮面を被ったりしているんじゃないかな。私はそれを恥ずかしいともダサいとも思いません。プロだなと思います。

私はいつも媒体やイベント参加者に合わせて自分の雰囲気も表現も変えているんです。生活誌なら噛み砕いた表現をするし、モード誌ならおしゃれな表現をする。呼ばれた先できちんとキャラやテンションを変え、その世界観で伝えるように心がけています。

「自分」はどこにいるんだろう…と思うこともありましたが、今はそう思わなくなりました。相手が喜んでくれるのであればカメレオンで大いに結構。

――長井さんほどの人気ヘアメイクさんともなると、ご自身のスタイルありきなのかと思っていました。

ないです、ないです(笑)。それぞれの雑誌、化粧品にファンがいて、彼女たちが喜んでくれるのが一番。プチプラコスメのLIVEで若い子たちと盛り上がるのも楽しいし、高級クリームのPRでご婦人たちと談笑するのも好きなんです。

「長井さんの力を借りたい」というメーカーさんがいればどこにでも助けに行きたいし、先方のお役に立てるような立ち居振る舞いをしていきたい。だから自分の主張を先行させることはありません。

――最後に、「好き」を仕事にしたいという人に向けてアドバイスをお願いします。

私はヘアメイクとして色々なルートを辿ってきましたが、全てに意味があったと思うんです。スポーツをしていたからこそスポーツメイクを世に出せたし、ブライダルでせわしなくも心を込めてヘアメイクをこなしてきたことで手際の良さが身につきました。あらゆる経験をしたおかげで、今は何も怖くありません。

「この仕事で良いのかな…?」と模索中の人がいるかもしれませんが、変わっていくときは必ず変わるし、そのタイミングは最初から決められているんだと思います。まだ時期じゃないときは何をやってもダメなものなので、焦っても無意味。もがいたところでどうにもならなかった時期は私にもありましたが、30歳で独立し、本を出す機会に恵まれ、その結果今のようなヘアメイクになる運命はおそらく最初から決まっていたんでしょうね。

不安定で先行きの見えない日常に怖くなって投げ出したくなるかもしれないけど、それでもただ続けてさえいれば、転機は必ずやって来ますから。

長井さんの成功の秘訣

1. 受身ではなく、自分から働き場所を探していく積極性を持つ

2. 相手や周囲を気遣えるホスピタリティを持つ

3. 転機が自然にやってくるまで、コツコツ続ける

取材・文/佐藤咲稀(レ・キャトル)
撮影/岩田慶(fort)

お話を伺ったのは…

長井かおりさん

多くの美容雑誌やファッション雑誌でメイク特集を担当している人気ヘア&メイクアップアーティスト。初心者や不器用な人でもわかりやすく簡単なメイク術が評判。イベントやメイクデモンストレーションにも数多く出演。『時間がなくても大丈夫!10分で“いい感じ”の自分になる』(扶桑社)他、著書も多数。

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