「人がついてくるのは挨拶と掃除ができる人」。徹底した人道育成で、地域で人気のサロンを排出【株式会社MICRO 平塚政雄さん】#2
東京から山梨に拠点を移し、独立開業した株式会社MICROの代表・平塚政雄さん。2010年にスタートした株式会社MICROは、現在では12店舗を抱えるグループに成長しました。そして地元に戻ってからも有名店での働き方を変えずに努力を重ねた平塚さんは、自身の美容理論をまとめた本『サイズバランスコントロール』を出版します。
後編では、グループ成長の経緯や想いと、出版を機に広まった活動の内容にフォーカス。その美容理論を伝えるアカデミーなど、後進育成についての想いもお聞きします。
お話を伺ったのは…
株式会社MICRO 代表取締役 平塚政雄さん
国内外の有名サロンに勤務。2010年に山梨県に拠点を移し、株式会社MICROを設立。ヘアやネイルなどサロン12店舗を統括する。NY CollectionやPARIS Collectionにヘアアーティストとして参加。自身の美容理論をまとめた『サイズバランスコントロール』を出版し、美容メーカーとの商品開発や講習活動も。スキルアップスクール「Antique Total Beauty Academy」を開校し、後進育成にも務めている。
教育の理念は「僕のところにいる間に挨拶と掃除だけはできるように」
――MICROグループは現在12店舗とのことですが、ここまで大きくしていった理由や想いを教えてください。
「グループを大きくしていきたい!」というほど強い気持ちがあったわけではありませんでした。ただスタッフたちが自分でお店を持ちたいと思ったとき、「お店を出すことがゴールではない」ということを教えたかった。その部分は、口で伝えるだけでは絶対にわからないんです。
だから出資だけして、自分がやりたいようにやらせてみる。そうしてきたら、いつの間にか12店舗になっていました。グループとはいっても、サロンのコンセプトやスタッフの採用、材料の仕入れ、教育方針など、すべて店舗によって異なるんです。
聞かれたらアドバイスはしますが、あとは各店長に任せています。やっぱりサロンの経営は、自分でしてみないとわかりませんから。
――スタッフが離れずに独立することがすごいなと感じます。
もちろん離れていく子はいます。よく言えば独立心がある、悪く言うと視野が狭く、仲間意識がなくて人付き合いが雑――そういう子は難しいですね。
でも独立してから痛い思いをして学んで、「これじゃダメだ」と自分で気づいた人たちは店も続くし、うちから出た子でも気づけないままの子は店を潰してしまうことが多いです。
――スタッフを育てるときに気をつけていることはありますか?
挨拶と掃除だけは、きっちりできるように伝えています。これだけ「antique」にいる間に徹底的にできるようになれたら、独立しても他のサロンに行っても大丈夫だと思うんです。
挨拶、とくに「人に気を遣わせない挨拶」って、すごく大事だと思います。挨拶は毎日するものだからこそ、自分のモチベーションをちゃんとキープできて、心の準備ができていないと、人に心配されない気持ちのいい挨拶はできないと思うんです。それができると、人は「この人と仲良くなりたいな」とか「元気でいい人そうだな」と感じますから。
そして掃除がきちんとできると、その人のまわりがキレイになるので、居心地よく感じる。それに頑張って掃除をしている姿を見ると、応援したくなるんですよね。
経験上、挨拶と掃除がしっかりできる子は、やっぱりお客さんもつきますし、スタッフもついていきます。だからコレだけは、ちゃんと教えたいと思っています。
――スタッフとのコミュニケーション面で意識していることは?
コミュニケーション面では、とにかく一緒にご飯を食べに行きます。練習でコミュニケーションを図ることは難しいと思うんです。練習は厳しくする場だと思いますし、ある意味トップダウンでしかありません。でも食事の場ではフランクに、言いたいことを言って、食べたいものを食べる。その思い出が、スタッフ同士の絆を強くしてくれると思っています。
自分の軸となる美容理論を後進に伝えていくアカデミーを開設
――後進育成について、アカデミーも開かれていますが、開校の経緯を教えてください。
大学時代から研究していた美容理論に興味を持っていただき、2015年に『サイズバランスコントロール』という本を出しました。美容師向けの教育本で、デザイン構築についての理論を伝えるものでした。
その理論を伝えるために作ったのが、「Antique Total Beauty Academy(ATBA)」です。ATBAでは、お客様の人間性や全体のバランスを考慮した、総合美を表現する技術を伝えています。その技術を通して、スタイリストの個性を育て、自分らしさを持ち続けるアーティストになって欲しいと考えています。
出版後、ATBAを通して全国から講習の依頼をいただき、この理論を元にしたカラー剤の開発の依頼もいただきました。カラー剤発売後は、メーカー主催の講習も増え、アジアからヨーロッパ、ニューヨークなどでも「サイズバランスコントロール」の講習を行いました。コロナ禍になるまで、5年近く活動しましたね。
――コロナ禍以降、アカデミーの活動が変わったんですね。
そうですね。会場に20人くらい集まったり、スタンディングで話すだけなら1000人近く集まったりするセミナーをしていましたが、それはコロナ前のカタチだと思うんです。今は少し落ち着いてきたこともあり、講習の依頼もいただいているので、その場合は現地に行くこともあると思います。
今後はオンラインでの動画配信も取り入れて、そちらをメインにできたらと思っています。今サロンの一画に撮影用の白ホリスペースを作っていて、そこでカットやカラーリング、メイク、ネイルなどの動画を撮影し、オンライン配信で販売していく予定です。
その動画を見てさらに疑問を持った人たちは、「antique」にて教育をします。定休日2日間を使って合宿みたいなこともできたらいいなと思っています。
――そういった技術を伝える活動、後進育成に力を入れる理由は?
今後の美容業界のため…みたいなことではなく、そう教えられてきたからしているだけなんです。東京にいたとき僕に教育してくれた先輩たちが、自分の時間を削っていろいろ教えてくれた。そのおかげで今の僕がいると思うので、スタッフや僕に教えて欲しいと言ってくれる人がいる以上、絶対にやらなければいけないと思うんです。
美容師の成功とは「できる限り長くお客さんの髪を切れること」
――多くのスタッフを抱えるグループの代表となった今でも、サロンには変わらず立たれているんですよね。プレイヤーでいる喜びとは?
髪を切ると、お客さんがパッと変わる瞬間があるんです。クロスをとって、「オシャレになった」と感じると、男性も女性も、本当にみんな口角が上がる。それを見るのが、一番の喜びです。
僕の場合、いわゆる「経営者」という感じではないと思います。経営者がちゃんとプレイヤーをしているほうが、人が育っていく気がするんですよね。近くでいろいろ教えられますし。
僕にとって成功とは、手が動く限り、お客さんの髪を切ることなんです。ずっとサロンに立っていたいから、健康に気をつかって生活して、今日より明日うまくなる努力をする。そして教養を身につけ、お客さんが喜ぶことを発信していきたいんです。
だから、サロンを経営することでお金持ちになりたいとか、欲求を満たすことが成功だとは思わないし、そう考えるのは視野が小さいなと思います。そもそも稼ぎたくて美容師になっていたとしたら、お客さんがお金に見えていたとしたら、それは違うんじゃないかなと僕は思います。
――最後に、独立開業を目指す方にアドバイスをお願いします。
まずは挨拶と掃除をしっかりする。それができないと、うちでは独立させませんから、意識してみて欲しいです。
そして、今何を大事にしなければいけない時期なのかを、ちゃんと理解したうえで独立開業はしたほうがいいと思います。
例えば若くしてフリーランスで独立する。その理由が手っ取り早く稼ぎたいからなのか、1人でやってみたいのかでは意味が違いますよね。お金を稼ぎたいなら、知らないだけでフリーランスの他にも方法はあるだろうし、人を裏切ってまで稼ぐ金額ではないかもしれない。
独立して、何がしたいのか。そのために今は何をする時期なのか。それを考えてみて欲しいです。
撮影・取材・文/山本二季