美容師の価値を上げる仕事を目指して、海外進出の準備中【美容師 渡辺康則さん】#2
若い頃から独立への思いを温めつつ経験を積み、35歳で自身の店をオープンさせた渡辺康則さん。入念なリサーチやお客様へのヒアリングをしながら完成させたサロンは、今年で3周年を迎えました。
後編では、予期せぬコロナ禍で打撃を受けながらも数々の工夫が生まれた話や、サロンの「質の高さ」のために大切にしていること、これからの目標などを教えていただきます。
お話を伺ったのは…
AWAKE(アウェイク)
代表 渡辺康則さん
「PARADISO」「PARADISO le・plus」でスタイリストとして活躍後、2020年に「AWAKE」をオープン。メンズヘア、レディースヘア問わず、ひとりひとりの個性やライフスタイルにぴったりの雰囲気のあるスタイルを得意としている。
お客様の応援と売上安定の工夫でコロナ禍を乗り切る
――サロンのオープンと新型コロナウイルスの流行が重なってしまったそうですが。
2020年2月22日にオープンしたのですが、その年の4月に緊急事態宣言が出されました。まともに営業できたのは1ヶ月くらいで、当初思い描いていたことはほぼ何もできませんでした。
仕事のために海外へ行く資金をためていたので、当面の間はそれをサロンの運転資金にあてて、社員はみんな休みにしました。僕はひとりで店に立つことにして、マンツーマンでやることをお知らせしたら、たくさんのお客様が来てくれました。皆さん、うちの店がつぶれちゃ困るって思ってくれたんでしょうね。商品もたくさん買ってくれて…。自分の給料はないけれど、家賃や社員の給料をまかなえるくらいの売上はありました。
――通常営業ができるようになったのはいつ頃ですか。
緊急事態宣言が明けて、6月末か7月頭くらいから社員も店に出るようになりました。とはいえ、感染者数が増えるとお客様は減り、感染状況が少し落ちつくとお客様が急増するというくり返し。月単位での売上は全然安定しなかったので、いろいろと工夫をしてみました。
――どんなことをされたのでしょうか。
例えば、「40日以内に再来店してカラーやカットをすれば、トリートメント割引」。それを利用するお客様を増やすことで、ある程度は売上の見通しが立ちます。ほかにも「先払い制で、2週間以内に再来店で顔周りだけカットできる」とか。短いスパンで顔周りだけちょっと整えたいという方も多いですから。
そういった工夫を、お客様にヒアリングしたり相談したりして、いろいろ試していったんです。
――お客様のニーズに沿った工夫ということですね。
経営の工夫、サービスの工夫を普段から考えているタイプのお客様が多いので、意見交換のような会話があって、さまざまな試みが生まれました。そうすると、感染者が減ろうが増えようが、一定数のお客様がコンスタントに来てくださる。平日と土日の予約のバランスもよくなり、だんだん売上が安定するようになりました。
「通い続けたいサロン」であるために、質の高さを追求
――渡辺さんが考える、「お客様が通いたくなるサロン」とは?
今、僕のところに来てくださるお客様が求めているのは、万人受けするおしゃれとは少し違うところがあります。ある意味、ちょっとコアというか。そういう方たちにハマるものを提供するのは、僕に向いていると思っています。本当によいものや居心地のよさに対価を払ってくださるので、そこをずっと意識してやっていますね。
――サービスや接客面ではどんなことを大切にしていますか。
接客は基本的にカジュアルですが、ホテルのホスピタリティのようなものは目指していますし、シャンプーの仕方やドリンクメニューなど細かい部分にもこだわっています。
客単価を高く取るということは、それだけの質の高さが必要ということ。価格を安くすれば集客できるのはあたりまえの話です。安くなくても選んでもらうためには何をしなければいけないか、それを考えることが大切です。価格を高くさせてもらうけど質に納得して来てもらう。そういう方向性を目指してスタッフを教育しています。
――見る目のあるお客様が納得する「質の高さ」のために必要なことは何でしょうか。
技術もサービスも細分化して追求していくことだと思います。例えばボブのカット練習ひとつとっても、スタッフにはすごく細かいことを言いますね。さまざまなタイプのお客様が求めるボブの傾向を細かく何パターンにも分けて、ひとつひとつ練習していくんです。
今日(取材時)はたまたまスタッフの勉強会の日なのですが、コロナもやっと落ちついたので毎月続けていきたいと思っています。みんなで集まって練習するとか、自主練習の成果を僕が確認するタイミングとか、やはり必要なことだと感じているので。
日本人美容師の需要が高い海外で、可能性を広げる
――これからやりたいと思っていることや目標はありますか。
これまでずっと、やりたいことをやってきました。その結果、仕事の幅が広がり、人の縁がつながり、自分が担当したいと思うお客様を増やすこともできました。そこは今まで通りに続けていきたいですね。
あとは、美容師の価値を上げたいです。今は、クーポンや低価格でハードルをどんどん下げることで、美容師の価値も下がっている傾向がある気がします。そこから脱却するには「あなたに担当してもらいたい」と思ってもらえる美容師を目指すしかない。それは、プレーヤーとしての自分の価値を上げることでもあります。
コロナ前に海外で仕事をする準備をしていたのですが、それも美容師としての価値を上げるという目的があったからです。実は海外で日本人美容師の需要は高いんですよ。今、やっと海外に行きやすくなってきたので、少しずつできることから動いていこうと思っています。
――海外進出の拠点は、もう目星がついているのですか。
ゆくゆくはヨーロッパやアメリカにも行きたいのですが、まずはアジア圏です。どの国というのはまだ決めかねていますが、例えばマレーシア。日本より少し物価が安いし、僕にとって接点のある国でもあるので。もっとよくリサーチして、需要があるところで始めたいですね。東京をメインの拠点としながら、定期的に海外に通って施術をするという形が理想です。
――日本と海外の美容師は、どんな点が違うのでしょうか。
美容師自身の感覚として、例えば韓国やアメリカではアーティスト色が強いような気がします。日本だと、美容師はもう少し日常に近くて、生活に寄り添っている技術者という感じです。こういう髪型にしたいとか、こういう悩みがあってとか、そういったお客様の要望に合わせてデザインしますよね。
海外と日本を行き来しているお客様から、「だからこそ日本人美容師の需要がある」というお話を聞いたこともあります。
――なるほど。海外進出は、美容師としてもサロンとしても可能性が広がりそうですね。
日本はこれからどんどん人口が減るでしょうから、海外での仕事があることで収入も安定するし、さまざまな経験も積めます。いずれは求人に「海外で働きたい人」というワードも入れられたらいいなと。そうすれば海外に興味のある人が集まってくるし、「美容師が働きたいサロン」としての魅力のひとつになると思います。
海外での仕事のために、カリキュラムとして英会話レッスンをするのもいいですよね。単価を安くして集客をするとか、SNSでバズらせることに集中するとか、そういうところにお金をかけるよりもきっと楽しいだろうな。
――最後に、3周年を迎えた今、感じていることを教えてください。
コロナ禍ではだいぶ我慢したので、これからどんどん新しいことをしていきたいです。美容師になったきっかけや目指す働き方はそれぞれ違うと思いますが、みんなのやりたいことを実現できる店をつくっていきたい。お客様とはお互いに影響し合える関係でありたいですし、僕だけでなくスタッフみんながそれを達成できるようにしたいと思っています。
渡辺さんが理想のサロンづくりのために大切にしていること
1.値段の安さではなく、質の高さで集客する
2.お客様と美容師が刺激を与え合える関係をつくる
3.新しいことをする&そのための準備はコツコツと
撮影/喜多二三雄
取材・文/井上菜々子