「今度顔を出しますね」の約束を守り、地域に認められてきた【LaidBack オーナー 西田泰祐さん】#2
海が日常にあり、自分の好きなままに暮らせる場所・湘南。「LaidBack」のオーナー・西田泰祐さんもそんな湘南ライフに魅了された一人です。鎌倉市・由比ヶ浜沿いに同サロンを構えたのは今から8年前。当時はどの近隣サロンも打ち出していなかったビーチ系ヘアに特化し、「湘南に髪を切りに来る意味」を見出してきました。同時に、もう一つ大事にしてきたのが地域との繋がり。
後編では、誰よりも湘南を愛する西田さんの地域密着な商売スタイルについて詳しくお聞きします。人と触れ合うことが好きという気持ちが伝わってくるお話でした。
教えてくれたのは…
「LaidBack」オーナー 西田泰祐さん
広島県出身。表参道の有名店で6年働いたのち、鎌倉市に移住。フリーランス美容師として2年間湘南で過ごし、いったん広島に帰郷。その2年後、再び湘南に戻り「LaidBack」を開業。ビーチ系スタイルの発信に力を入れるとともに、撮影グループ「mellows」を主宰。
お客様のお店に顔を出し、そこから繋いで繋いで広げた地域の輪
――観光やレジャーのイメージが強いエリアですが、ターゲットはあくまで地元住民でしょうか?
そうですね。あとは、都内近郊からわざわざ来てくれる方。千葉や埼玉からうちに通ってくれるお客様はついでに観光して帰っていく方も多いです。
実は、それも最初から考えていたことなんです。近隣のお店と提携させてもらい、うちで髪を切ったあとに、例えばうちの名刺を提携のお店に持っていけば10%オフにしてもらえるとか。美容室に来ることだけでなく、周辺の街やお店を見て回る楽しみもあった方が湘南に来やすいかなと。お客様も気軽にうちに通いやすくなるし、周辺のお店も潤いますよね。
――とても地域密着型ですね。近隣で商売している方々とは交流も多いですか?
自分から色々なお店に話をしに行ったりしていたこともあり、知り合いはかなり増えましたね。
お客様の中には飲食店やアパレルのお店をやっている方も多いのですが、興味を持ったら「今度行きますね」と伝え、絶対に顔を出します。それが昔からのマイルールなんです。ただ僕、辛いものが食べられないので、もしお客様に辛い系のお店を紹介されたらきちんとお断りします。じゃないと、のちのち首が締まるので。嘘のない接客を心がけています。
――「今度顔を出しますね」から人脈を繋いできたのですね。
そういう努力は惜しまなかったです。それに、お客様と向き合う上でサロンでしか見えない一面だけでなく、ご本人の生活している部分に入っていくのも面白いんですよね。
――面白い商売の広げ方ですよね。
地域に認められないと絶対に潰れると思っていて。観光客向けの商売ってすごく難しく、今回のコロナ禍のように観光客が来なくなったらおしまいなわけで。観光客はオプションくらいの計算にして、基本は地元住民をメインに考えていた方が良いのかなと。
ヘアスタイルの撮影はロケーションにこだわりたくて、近隣の飲食店を借りていた
――西田さんが主宰する撮影グループ「mellows」はどんな経緯で立ち上げたのでしょうか?
クーポンサイトやサロンのHPに掲載するスタイルを用意する際、サロンで写真を撮っても全然「海っぽく」ならなかったんです。何でだろう?と考えたところ、「背景」だなと。白バックに撮るのと、海をバックに撮るのとでは全然違うんですよね。一般の人が写真を見て「可愛い」と思うとき、色調だったり、背景だったり、服装だったり、全体像で判断しているのだと気づいて。
そこからロケーションにめちゃめちゃこだわるようになりました。最初はビーチで撮っていましたが、潮や風でなかなかコンディションが整わず、周辺のお洒落な飲食店を借りることにしたんです。色々なお店にご飯を食べに行き、「おいしかったです。実は美容師をしているんですけど、良かったら今度撮影で使わせていただけませんか?」と営業をかけて。こちらはご飯を食べたお客なので、お店側も無下にはできないわけですよ(笑)。そうすると、「営業前だったら良いいよ」と承諾してくださるお店が結構あったんです。
最初は二人で活動していましたが、次第に「そういうテイストで撮りたい」という仲間が集まり、最大で30人くらいいたときもありましたね。
撮影終わりは必ずみんなでご飯を食べに行くのがお決まりでした。とにかくメンバーを楽しませようって。そうすると、仲間が仲間を呼ぶ感じで、例えばモデルさんが「あの撮影会楽しかった!」と次回、モデル仲間を紹介してくれるんですよ。
――繋いで繋いで、というやり方が西田さん流ですね。
泥臭い感じですけどね(笑)。
好きな場所で働けるってすごくパワーになる
――「海辺で働きたい」という美容師さんからの問い合わせも来るのでは?
そうですね。大々的には求人募集をしていませんが、もしうちで働きたいという人がいるとしたら、この場所が好きな人じゃないときっと無理かな。
好きな場所で働けるってすごくパワーになると思うんです。「待遇は良いけど、あまり好きな場所ではない」よりも何倍も強い。「好きな場所」はそれだけで働くモチベーションになるんですよ。
――湘南では「好き」に率直な方が多い気がします。
ほんとそうだと思います。お客様にも移住組が結構いらっしゃるんですけど、みなさん勢いで来ている感じですね。一方、都内の美容師さんもうちに来店されますが、「海辺で働きたい」とは言いつつ、何かしらのしがらみを抱えていて一歩を踏み出せない…というパターンがすごく多くて。
その一歩を踏み出すか踏み出さないかで人生めちゃめちゃ変わってくると思います。自分がわくわくする道を迷わず選んでほしいですね。それこそ、明日死ぬかもしれないという気持ちで(笑)。
――今後、湘南の美容業界をどんな風に盛り上げていきたいですか?
湘南でヘアショーをやりたくて。「美容」といったらやっぱりまだまだ都内のイメージですし、ヘアショーが開催されるのも都内ばかり。でも、都内では打ち出せないスタイルがここにはあると思うし、湘南の色が全面に出た美容を僕は発信していきたい。
実は数年前に動き出していたのですが、「お金もかかるし、前例もない」ということで参加してくれるサロンがあまり集まらず…。でも、「海が好き」という気持ちだけで共通項になると思うので、そんなサロンや美容師が集まればものすごいパワーになるはず。「都内スタイル」「湘南スタイル」とそれぞれのジャンルがお互い刺激し合って美容業界を盛り上げていけたらなと。
あと今、動画に力を入れているんです。ヘアスタイルを静止画だけで打ち出す時代は確実に終わり、次は動画で発信する時代が来ると思っています。海沿いでモデル撮影をしたり、風景をシネマティックに撮ったり。ヘアカタログを動画オンリーにするのもありかなと。写真一枚よりも動画の方が情報量が多いので、ブランディングする上でも強いはず。今後は「mellows」を動画に強いグループにしていけたらなと。
――店舗展開も考えているとか。
全く系統を変えて2店舗目を出す予定です。そこで、僕が第一に考えたいのが「美容師が働きやすいお店づくり」です。
悲しいことに、今の時代は「美容が好き」より「待遇」にフォーカスされがち。「安月給で良いから有名店で学びたい」より、「自分の時間が取れる場所で働きたい」にシフトしつつあります。条件が良くないサロンは美容師に選ばれません。これからは「美容師が辞めない店づくり」がキーワードになるのかなと。
美容師が辞めなくなれば求人費用もかからず、その分お店も潤う。美容師にも還元できます。学べるシステムも導入できるので、美容師のやる気も向上します。美容師のやる気が起きると今度はお客様に還元できるんですよ。お客様を大事にしようという気持ちになるので。美容師が辞めないお店づくりは巡り巡ってお客様のためになる。だから、まずは美容師が辞めないためのベースをつくるとこからだと思って、僕も出店に備えていきます。
海沿いで開業する上での心構え
1.商売圏は半分になるため、ブランディングをしっかり行う
2.海沿い「でしかできない」スタイルを打ち出す
3.地域住民との繋がりを大事にする
取材・文/佐藤咲稀(レ・キャトル)
撮影/喜多二三雄