子育てのため離島に移住し、島民の暮らしを向上する美容室をスタート【象と太陽社 山口憲太郎さん】#1
香川県・男木島にあるヘアサロン「海とひなたの美容室」。ここを運営する「象と太陽社」の代表・山口憲太郎さんは、京都でのヘアサロン経営を経て、男木島に移住して同サロンをスタートしました。人口約150人という小さな離島での美容師の働き方とは、一体どんなものなのでしょうか。
前編では、山口さんのこれまでの経歴と、男木島に移住した経緯についてお聞きします。
教えてくれたのは…
象と太陽社 代表 山口憲太郎さん
奈良県奈良市出身。京都にて、環境負荷を抑えて美しくなる事をコンセプトとしたヘアサロン「Atelier201」を運営。ヘアカラーリストとして従事する。2016年、香川県・男木島に家族で移住、「象と太陽社」を設立。ヘアサロン「海とひなたの美容室」のほか、ハーブ栽培、カフェ運営、島の魅力を伝えるツアーやイベントの立ち上げなど幅広く活動している。サーキュラーエコノミーをベースに、島の古民家を再生し地域課題を解決する「レモンツリーホテルプロジェクト」を進行中。
子育てメインの暮らしにシフトするため家族で男木島へ
――まずはこれまでの経歴について教えてください。
高校生のときに始めた美容室でのアルバイトをきっかけに、美容師を志すようになりました。同時に通信制の専門学校にも通い、アルバイトからそのまま美容師になり、10年ほど働きました。その美容室は大型サロンだったこともあり、より深くお客様と関われて、自分のために時間が使えるような働き方がしたいと感じ、独立して京都で「Atelier201」というサロンを開きました。
――香川県の男木島に移住された経緯とは?
「Atelier201」を作ったとき、お店の工事の段階から僕も関わったんです。自分が今まで接することのなかった職人さんたちと一緒に仕事をするなかで、物作りについていろいろ感じる部分があって、それが後にいろいろと影響していたんだと感じます。
「Atelier201」を10年ほど続けたタイミングで、仕事よりも子育てをメインにした生活を考えるようになりました。そこで自分たちが、どういう場所で子育てをしたいのか考えたときに、離島という選択肢が出てきたんです。
すぐにお店を辞めてどこかに移住するというのは怖かったので、サロンにも通えるように関西へのアクセスのよい場所を選ぶことにしました。そのエリアのなかに、香川県の男木島が入っていたんですよね。
実際に男木島に来てみると、すごく変わった場所で。高松駅には電車やバス、飛行機、新幹線、フェリーなどが集約されていて、関西からも気軽に出られるんです。そこからフェリーに乗って40分で男木島につく。そのくらいの近さだけど、僻地指定されるほど田舎なんですよね。そのアクセスの良さが、まずおもしろいなと思いました。
また島の風景も、すごく良いんです。道が狭くて石段があったりして、昔ながらの家並みや独特の文化が残っている場所。島民みんなで協力したりシェアしたりしながら暮らしている。ここだけの風景があること、都会とは正反対のコミュニティがあることが、移住の決め手になりました。
――移住当初は、京都のサロンと行き来していたんですね。完全に移住したのは?
2016年に第一子の妊娠をきっかけに移住してから、3年ほど島から京都に通いながら働いていました。そして2019年に第二子を妊娠したんです。大きなお腹で育児をしながら…となると、さすがに妻の負担が大きいですし、何かあったときに困るので、「Atelier201」は他の人に渡して完全移住することにしました。
島で唯一のヘアサロン「海とひなたの美容室」をスタート
――人口の少ない島で美容室を開くことにした理由を教えてください。
最初はすごく迷いました。美容室を運営するというのは、人との関係の中で成り立つ仕事ですから、こんな田舎でできるのかな…とか。
でも男木島に移住してきて、町の入り口は1つですし集落も1つですから、初日から「誰か来た」とみんな知っているんです。それで「髪の毛が切れるらしい」となれば、みんなから「やってくれ」となって。それで「お店をするかはわからないけど、訪問でやってみよう」と始めてみたんです。
そこで「引っ越し先で、初対面で30分じっくり向き合って話せるって、なかなかないな」と思いました。それが美容師ならできる。仕事をしながらコミュニケーションがとれて、喜んでもらえて信頼関係にもつながるんですよね。
少ない人口なので正直なところ生活が賄えるわけではないけれど、島になかったものをサービスとして入れられたら、ここに来た意味もあるんじゃないか。それなら、お店を作ろうと思ったんです。
――離島では、新しくお店を作るのも大変そうですね。
今まで継続していた仕事を移住先で新たにスタートする場合、香川県から補助金がもらえたんです。それを使い、元からあった建物をリノベーションしてサロンを作りました。結局のところ、そうやって自分で作っていくのが、僕は好きなんだと思います。
地域の人たちとの暮らしのなかに美容の仕事がある
――「海とひなたの美容室」が大切にしている理念などがあれば教えてください。
ひとつは、島民の方の生活の質、楽しみや豊かさが少しでも向上できたらいいなという気持ち。尚且つ、島外から来てくださる方には、普段の忙しさを全部忘れて切り替えられるような体験、施術だけでなく島での滞在全体を通してリセットして帰ってもらえるような時間を提供したいと思っています。
また環境への配慮というのも理念のひとつです。ここには下水がないので、排水はすべて海に直結します。だから環境負担のない薬剤を使用するなど、美容室をしていると出る排水への配慮も意識しながら経営をしています。
――サロン経営や働き方について、京都と男木島で違いを感じた点は?
一般的な美容師さんに比べたら京都時代も、のんびりしていた方だと思います。施術のあと、お客さんとご飯を食べに行ったり。それでも、やっぱりお客さんとの接点は、美容を通した時間のなかにあって、サービスのやりとり、お金の発生というものが多くを占めていました。
でも男木島に来ると、それが逆転しました。カットする時間なんて、みんなとの付き合いのなかのほんの少し。「一緒に暮らしていて、たまに髪を切る」という感じなので、働き方やお客さんとの関係性は大きく変わりましたね。
地方でのサロン経営で大切なこと3か条
山口さんに、地方でサロンを経営するうえで大切なことを聞いたところ、「地方といっても、かなりの僻地なので特殊な例だと思うんですが(笑)」と笑いながら教えてくださいました。
1.その土地の人の懐に入る
2.美容師としての自分が持つ常識を疑う
3.美容にこだわらず喜ばれることを考える
次回後編では、3か条にもある「美容師にこだわらない働き方」について、詳しくお聞きします。
取材・文:山本二季