岩瀬香奈子 interview:難民雇用支援を「物」ではなく「サービス」で実現。「ありがとう」の言葉で表情が変わる
アフリカ・タンザニアの都市「アルーシャ」を名に持つネイルサロン。日本で暮らす各国の難民。彼らの雇用支援活動を続ける岩瀬さんが、このネイルサロンをオープンしたのは2010年のこと。言葉の壁、仕事に対する意識の違い、それらを乗り越えて活躍する岩瀬さんのお話は、「ネイルサロン」にも様々な形があることを、私達に教えてくれます。
難民とネイルを結びつけたきっかけ
「当サロンのネイリストは、日本で暮らす難民がメインです。なぜ、こういう一風変わったネイルサロンを経営しようと思ったのか。それは、ほんの一言がきっかけでした。
もともと会社員だった私は、数社の転職やイギリス留学などを経て、アメリカのエグゼクティブサーチファームにて勤務していました。ちょうどその頃、女性の貧困支援プロジェクトを立ち上げようとしていた岩男壽美子先生との出会いがあり、お手伝いをさせていただくことになりました。その流れの中で、フェアトレード商品の販売などを行うために日本で会社を設立することになりました。しかし、この時点ではまだ、ネイルサロンを経営するとは全く考えていなかったのです。
その後、難民支援団体の方とお会いして、日本にいる難民の方のお話を詳しくお伺いしました。その方は難民が作るビーズアクセサリーの販売を行っていたのですが、販売チャネルや在庫の問題があり、話していくうちに、ふと『ネイルなんていいんじゃないですか』と軽い気持ちで言葉にしたところ、一気に盛りあがってしまいました」
言葉のハンデがあってもたくましく生きていける
「なぜネイルを思いついたかというと、当時日本でネイルサロンが流行り始めたこと、そしてそれ以上に、以前アメリカでネイルサロンに入った時の印象が心に残っていたことが大きいと思います。
LAで入ったあるサロンで、スタッフが皆タイ人だったんです。英語でのコミュニケーションができなかったので、色はこれ、デザインはこれ、と、ネイルカタログなどを指さして指示をしました。スタッフ同士はタイ語でおしゃべりしていて、お客さんとのコミュニケーションはなし(笑)。でも、アメリカのお客さまは普通に来店していました。文化の違いがあるかとは思うんですが、仕上がりがきれいならば接客は二の次でもいい、という空気だったんですね。言葉が通じなくても、技術を培ってたくましく生きている人がいる。そのことと、難民が結び付いたのです。ひらめきとは、記憶や経験の連鎖ですね。
そこからは、あれよあれよという間に準備が進んでいきました。まず私がネイルの学校に行って講習を受けて、それから難民にトレーニングをして、3ヵ月後くらいになんとかオープンにこぎつけました。他のサロンではなかなかないですよね(笑)。最初はもちろん皆下手くそでしたよ(笑)。でも今は、なかなかのレベルなんじゃないかと思っています」
ネイル練習の合間に日本語の勉強も
「トレーニング期間は、ネイルと共に日本語も教えていました。先生は、某大学の日本語学科の生徒さんがボランティアを買って出てくれました。ネイルは特に『ツルツル』や『ガタガタ』などの、オノマトペ(擬声語・擬態語)が多いので、研究テーマとしてちょうど良かったらしいです。日本語の勉強の時間に、接客の丁寧語なども少し教えてもらっていました。
日本語は難しいですよ。5年くらい日本にいてある程度は日本語が話せるスタッフから、『雨が“ポツポツ”と“ザーザー”では、どちらがたくさん降っていますか?』と聞かれたことがあります。日本人であれば、それは“ザーザー”の方が多いだろう、と感覚でわかりますけど、私ではどうしてなのか説明はできない(笑)。先生役の学生さんにはお世話になりました。
言葉については感覚そのものが違う場合があります。例えば、ミャンマー語では『~あげる』というような言いまわしが普通らしく、お客さまに『塗ってあげる』なんて言ってしまうんですね。日本語の感覚だと、それはちょっと違うな……と思いますが、彼女たちの立場になってみると、なぜ注意されるのかわからない。言葉や文化の教育部分はすごく根気が入ります。でも毎日面白いですよ(笑)」
人から『ありがとう』と言われる、初めての経験を
「最初にサロンをオープンしたのは、ドイツ家具屋さんのショールームの一角。社長さんとはもともと知り合いで、ご好意で無料で貸してくださいました。ちょっと都心から離れた場所だったのですが、とりあえずオープンさせたくて、ありがたくお借りしました。3ヵ月くらい経ち、スタッフの通勤が大変だったので引越したいと思っていたところ、神谷町のビルにある会社の社長さんを紹介していただき、こちらも格安で貸してもらいました。3年ほどそこにいましたが、手狭になってきたので今のところに引越ししました。
お客さまとは、難民の話をよくします。特にオープンしたての頃は、難民問題を勉強している方や国際協力に興味を持っている学生さんなど、設立の背景に興味を持って来店される方が圧倒的に多かったので。ネイリストとして第一歩を踏み出した彼女たちを応援する気持ちでいらっしゃったのだと思います。
難民たちは、将来が見えず、希望も持てず、不安に苛まれながら生きています。それがネイルという職を得て、お客さまから『ありがとう』と言われる。自分の行ったことで人から感謝をされるなんて、人生で初めての経験だという人が少なくありません。それが、仕事をする一番のモチベーションだということは、彼女たちの晴れがましい表情を見ると、すごくよくわかるんですよ」
ライバルとの熾烈な練習競争で、目の下にクマが
「ネイルの勉強は、主に雑誌を見て、流行りの模様やお花などを練習してください、と話しています。練習では国旗を描いたりする子もいますけど、国旗ネイルをする人はなかなかいないでしょう(笑)。日本でお店を出しているのだから、日本のお客さまに求められているものをできるようになるべきだと思っています。お花などはスタッフも『可愛い!』なんて言いながら練習しています。やっぱり練習すればするほど上手くなっていきますね。上手くなるには、泥臭く努力をすること。それに尽きます。
特にオープンまでは、ずーっと練習していましたよ。日本人と違い、競争心を隠さないんです。一人が『昨日は2時まで練習した』と言えば、翌日には『私は3時までやった!』という子が出てくる。そのうち『4時まで!』と言い出す子がいて、皆で目の下にクマを作って(笑)。露骨にジェラシーを出すんですけど、それぞれ頑張ってくれたと思います」
『難民』が働くということ
「日本で普通に暮らしていると、『難民』ってよくわからないですよね。私も活動するまでは、全く分からなかったです。難民とは、宗教的・政治的・文化的、いろいろな背景により、自分の国にいると迫害され、身に危険が及ぶため、他国に逃げてきた人のことです。お父さんが大学教授でリッチな家に住んでいた人もいれば、生まれてからずっと難民キャンプで、30年間ほとんど教育を受けたことのない人もいます。理由は本当にさまざまです。
ある時、カメルーンの子に『日本に来て何が良かった?』と聞くと『銃声が聞こえないことですね。安心して眠れます』という答えが返ってきました。安心、安全、自分の考えや思いを言葉にすること、命を守ること。そういう感覚が、恐らく現代日本人とは全く違います。
私たちは今、働いて稼いで、その資金を元に家賃を払って食事をして生きている。親もそうやって生きてきて、それが当たり前だと思って暮らしています。ところが彼らの中には、国連などに助けてもらって生きてきて、それ以外の人生を知らない人もいる。そういった人たちを自立支援していくのは大変ですけど、やはり、皆がイキイキと働いているのを見ると嬉しいですね。もうお母さんのような気持ちになっているんです(笑)」
情報量の差が、生き方を変える
「彼女たちは、ネイルの勉強や仕事は好きで、一生懸命やる。でも、日本語の勉強は嫌いなの(笑)。机に向かう勉強はサボるんですよ。日本人と一緒です(笑)。けれど、読み書きができないってことは、新聞もネットも読めない。何年も日本に住んでいるのに、彼女たちは圧倒的に情報が少ないんです。それは、人生にすごく差ができますよね。
以前、日本語はできないけど英語はできるタイ人の女の子がいて、『自分はすごくアンラッキーだ!』と、不満ばかり言っていました。ところが、あるとき英語版の自己啓発本を読んだところ、劇的に変わったんです。『今まで文句ばかり言っていたけど、これからは頑張る!』って。普段情報がないから、一冊の本にすごく影響される。ホントに単純だなーと思いますけど(笑)、さまざまな考え方や周りの状況などを、知っているといないとでは生き方が変わってきます。今後は、自己啓発系のトレーニングも何か取り入れたいな、と思っています。興味を持たせるのが大変ですけどね(笑)」
『適職』は、どこかにあるものではない
「当サロンには、日本人ネイリストもいます。今年入った人はとにかくネイルが好きで『サロンに泊まってもいいですか!?』なんて言うんですよ。合宿したいそうです。そんなセリフ初めて聞きました(笑)。適職を見つけるには、やはり好きなことをやることだと思います。でも、そこまで好きなことが見つからないから模索するんですよね。
何をしたらいいかわからない人は、とにかく目の前のことを一生懸命やるしかないです。三年間でも、一年間でもいい。言い訳しないで、とことんやってみる。私の知人が、新人だった頃に上司から『コピー頼まれたら、全部に目を通しておけ』と言われたことがあったそうです。コピーを取っている間にボーッとしているだけだと、その仕事はつまらないですよね。でも、自分が参加していない会議で使うものでも、目を通しておけば会社で何が起こっているからわかる、そうすればいざという時に気の利いたコメントやアイデアを出せるかもしれない。その人はそれから絶対に目を通すようにしていたら、今や大出世しています(笑)。『こんな簡単な仕事』なんて思ってバカにしたり斜に構えたりすると、成長はそこで止まってしまいます。
私も、学生時代は何もやりたいことはなかったし、社会人になっても目標も目的もなくて、目の前のことをただただ一生懸命やっていたら、ここまできてしまった感じです。
適職って、どこかにあるものではなくて、仕事に誇りを持って続けていくうちに気づいたらなっていた。そんなものなんじゃないでしょうか」
Profile
岩瀬 香奈子(いわせ かなこ)さん
株式会社アルーシャ 代表取締役
大手人材派遣会社、外資系金融ソフトウェア企業などの勤務を経て、イギリスのビジネススクールへ留学。その後、アメリカのエグゼクティブサーチファームにて勤務後、2009年『株式会社アルーシャ』を設立。難民の雇用支援を目的としたネイルサロン事業を中心に、多角的な難民支援を展開している。
Company
ネイルサロン アルーシャ
「あなたが光になる」。“あなた”一人ひとりが希望であり、光であるというメッセージを掲げ、日本に暮らす難民の自立支援を応援する、難民スタッフによるネイルサロン。児童施設の子供たちの職業体験ネイルトレーニングや語学教室なども行い、多角的な難民支援を目指す。
東京都港区虎ノ門5-11-11 虎ノ門MKビル2階
ネイル予約専用番号:080-8867-1405
公式サイトhttp://www.arusha.co.jp